一時期TVとかに出てた北朝鮮で日本料理を振舞ってた藤本健二さんって料理人、今何してるのかなって調べたら消息が不明で日米韓の情報関係者の間でも生死すら未確認って知ってゾクってしてる
— どんぐり陸士長 (@Dongurihou) April 30, 2026
藤本 健二(ふじもと けんじ、1947年〈昭和22年〉 – )は、北朝鮮の最高指導者・金正日の元専属料理人。「藤本健二」は仮名・ペンネームであり、本名は非公開。
東京都板橋区の板橋調理師会事務所の会長の紹介で、1982年7月、月給50万円の条件で初めて北朝鮮へ渡り、平壌の普通江ホテル近くの「安山館」の自身が設計した寿司屋で働いた。招待所へ寿司を作るために出張した際に金正日と知り合い、握手もして顔見知りとなった。金正日の好みは、マグロのトロの握りであった。やがて藤本は10日に1日は金正日から声がかかり、呼ばれるようになった。1983年の正月に一時帰国してうどんやそばの乾燥めんを仕入れ、それを振る舞ったが、帰国者たちからは大好評であった。しかし、安山館の責任者と微妙に話の食い違いが生じ、本来ならば1年契約だったが、少し前倒しして1983年5月に日本に帰国した。金正日は、藤本にマツタケの缶詰を土産に持たせた。
1989年から金正日の専属料理人として仕えた。藤本の証言から、藤本が単なる料理人としてのみ仕えたのではなく、正日および家族から信頼され、子供達から胸の内を発露される立場にさえあったことがうかがえる。藤本によれば、宴会場で金正日が自分(藤本)にチップを投げてよこしたのに立腹し、それを藤本が拾わなかったことが彼に強い印象を与え、その気骨をかえって評価され、信頼を得ることが出来たのではとしている。1990年に朝鮮労働党員になり、同時に朴哲(パク・チョル)という朝鮮名が与えられ、正日から2人の子どもたち(金正恩 – 当時7歳、金正哲 – 当時9歳)の遊び相手として指名されたという。なお、金正男には北朝鮮で会ったことはないとも述べている。
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