親日国に友好を感じる日本人たちをバカにし続けてきた樺島万里子が、突然「イラン=親日」を訴え始めている。 https://t.co/pX8ENgL6sz pic.twitter.com/ipgU7U9y02
— 破壊屋ギッチョ (@hakaiya) March 8, 2026
ペルシア語のことわざに「離れていればこその友情」
「イラン人は、欧米も、中露も、近隣諸国も嫌いなのだとしたら、いったいどこの国が好きなんだ?」
これは本当に、噓偽りなく、主観を排して、客観的に、そして公平無私な立場で言わせてもらうが、答えはズバリ、日本である。
何を隠そう、この私も、日本人が大好きなイラン人たちのおかげで、なんとか今日まで生き永らえることができたようなもので、他の国だったら今ごろ路頭に迷って野垂れ死んでいたかもしれない。
彼らが親日である理由はいろいろあると思うが、要するにイラン人は、イランと付き合いが深かった国のことは、だいたい嫌いなのである。
ペルシア語のことわざに、「離れていればこその友情」(ドゥーリ・オ・ドゥースティ)というのがある。くっつきすぎず、適度に離れていたほうが友情は長続きする。
イランと日本がまさにそれで、両国の地理的・歴史的な距離が、親日感情の背景にあることは間違いない。
もちろん、イランと関わりが薄かった国は日本以外にもたくさんあるわけで、イラン人が日本に惹かれる理由は、これだけではない。
日本にやってきたイラン人労働者が「大の日本びいき」に
古くは、日露戦争での劇的な勝利、焼け野原からの驚異的な戦後復興、そして日本でも小説・映画化された日章丸事件(1953年。石油国有化を断行したイランに対し、英国が経済制裁を科すなか、これを不当とする出光興産が独自にイランへタンカーを派遣した事件)などが、イラン人の称賛を集めてきた。
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