「免許を返納しろ」 高齢ドライバーをネット上で攻撃しても、事故リスクはあまり減らないワケ
https://carview.yahoo.co.jp/news/detail/e17d900fec8024eddf61b2ba19142b0c1dadd6aa/?mode=top
過熱する「免許返納」論議
筆者(島崎敢、心理学者)は当媒体で前回、「アクセル・ブレーキ踏み間違い事故 その原因を「人間のせい」にしている限り、問題は永遠に解決しない」(2023年11月22日配信)という記事を書いた。
今回は繰り返される踏み間違い事故報道を受けて、高齢ドライバーに「免許を返納せよ」と騒ぎ立てても、事故リスクはあまり下がらないかもしれないということを書いてみる。
残念ながら加齢にともなって人間の心身機能は衰える。この事実を単純に捉えて、「高齢者は免許を返納せよ」という主張を持つ人が多いようだが、話はそれほどシンプルではない。
加齢による機能低下は個人差が大きい。例えば80歳でも極めて元気な人もいれば、60代前半でかなり衰えている人もいる。小学生の発達に大きな個人差があることは、多くの人が実感していると思うが、生まれて10年程度の子どもたちでもあれだけの個人差があるのだ。高齢者は生きてきた時間が長く、その間の
・病気
・運動
・栄養状態
・経験
などもバラバラなので、個人差はさらに大きくなる。
また「心身機能」と一口にいっても実に多様だ。視覚や聴覚などの感覚器官、記憶や情報処理などに関わる認知機能、手足の筋力や柔軟性などの運動能力などがあり、これらの多様な機能が一様に衰えるのではない。
ある人は目が見えづらくなり、別の人は記憶が曖昧になり、またある人は身体が硬くなるといったように、機能低下の発現場所にも多くのバリエーションがある。そして、運転はこれらの多様な機能を組み合わせて行う複雑なタスクである。
難しい一律規制
さらに機能低下の原因は加齢だけではない。同様の機能低下は、疲労や病気などでも起きる。従って、機能低下を全く許容しないのであれば、誰も運転できなくなってしまう。
しかし、それぞれの機能低下の
「許容範囲」
について十分な知見が出そろっているわけではないし、複数の機能低下の組み合わせは無限にあるので、「これ以上の機能低下が起きたらダメ」という線は引きにくい。
このように考えてみると、一律に何歳以上は「運転するな」とか「免許を返納せよ」とかいう議論は
「大ざっぱすぎる」
ことがわかる。
高齢でもまだまだ安全に運転できる人はいるし、比較的若くても、そろそろ運転をやめたほうがよい人もいるのだ。機能低下と運転の関係だけでも十分ややこしいのだが、運転には
「リスク補償」
という概念があるため、話はより複雑になる。
運転の難易度は自分で調整できる。同じ道を走るなら60kmで走るより30kmで走るほうが簡単だ。同様に車間距離をあけたり、夜間や雨天や混雑時の運転を避けたり、慣れない場所に行くのをやめたりすることで、運転の難しさを抑えることができるのだ。
この調整は、実は
「自家用車の特権」
でもある。飛行機は一定以上の速度が出ていなければ失速するし、船もかじが利かなくなる。鉄道には速度の下限はないが、ダイヤに従って走っているので勝手に速度を落とすことはできない。よって、要求されるタスクをこなせないほど機能低下してしまえば、安全に運転することはできなくなるのだ。
しかし自家用車は自由に難易度を下げることができる。だから、「自分は機能低下して危なくなっている」と思うなら、その分運転が簡単になるように調整すればよいのだ。これがリスク補償である。
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