京都府・南丹市で発生した児童遺棄事件。4月16日、死体遺棄容疑で義父が逮捕され、逮捕前には殺害をほのめかす供述もしていたという。大変痛ましい事件だが、これについて、TVのワイドショーによる報道が過剰ではないか、との声が上がっている。
そうした声はネットだけではなく、当の番組出演者からも指摘される事態にまで発展している。義父逮捕翌日の4月17日「大下容子ワイド! スクランブル」(テレビ朝日系)では、サイエンスコミュニケーターの中野信子氏が「やじ馬根性を満足させるためだけのニュースだったらどうかと思う」と苦言を呈した。
私も、そうした批判に同意する一人である。もちろん、「子供が行方不明になりました。情報提供をお願いします」という報道は当然必要だろう。だが、メディアは事件発生当初から特定の人物を怪しいと匂わせながら報道し続けたのだ。〈中略〉
私自身現在コメンテーターの仕事をしているが、この仕事は本当に恐ろしいと感じる。なにせ、番組で憶測や感想を述べると、それが大勢の人に伝わり、世論に少なからず影響を及ぼしてしまうからだ。
コメンテーターは出演中、「番組全体の空気を読む必要がある」「ゲストの専門家を立てなくてはいけない」「その後ネットで叩かれたらよくない」という意識が働き、とにかく無難なことを言う傾向になる。さらには、視聴者が納得しそうなことを言わなくてはいけないというプレッシャーもかかる。そうした、何重にもバイアスがかかった上で発せられるコメントが、あにはからんや、世論を作ってしまうのだ。そう考えると、冷静に以下のような疑問を呈したくなる。
――コメンテーターって必要ですか? メディアは淡々と事実を伝えればいいだけでは……と。
「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)では、コメンテーターの玉川徹氏が、過去には安倍晋三元首相の国葬について誤解を与える発言をし、最近でもイスラエルについて、イスラエル大使館から苦言を呈されるような事態になっている。
コメンテーターは、専門分野とまったく関係のないことに対してもコメントをすることが求められることがある。その際、適切なコメントができるかといえば、答えはノーだ。私自身もそれはできない。
私はネットニュース編集者として、ネットの書き込みや論調については意見ができるが、正直、イラン戦争に対しての知識はない。だが、コメンテーターは「その場にいる何らかの専門家」として、専門家風の意見をすることを求められる。これが実に危うい。京都の件についても、イランの件についても、コメンテーターは本来意見を挟むことを躊躇すべきである。もっと言うと、テレビ局は、プロ中のプロだけを出すべきだ。
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