ここで一つ強いのは、遺族がインドネシアに拠点を持ってること。
— 浅川透子 (@asaikawaii2021) April 19, 2026
共産党お得意の「住所調べてその辺ウロウロ」とか「会社の前で張り込んで手当たり次第に声かける」とかがやれないからある意味無敵の人ではある。そういう卑怯な手を平気で使うのが彼らだと思ってる。やっぱ魔族に例えられるのわかるな https://t.co/yS7G0aAL8W
2011年、仕事の関係でジャカルタでの生活がスタートしました。知華が2歳半の時でした。
知華は3歳から11歳までジャカルタのインターナショナルスクールを3校渡り歩きながら育ちました。イスラム教徒の多いジャカルタですが、様々な国からの生徒が集まるので、人種、母国語、文化、宗教が豊かに入り混じる環境の中、慣れない英語で、姉と一緒に一生懸命頑張っていました。
英語はあっという間に私たちよりも流暢になり、インドネシア語の日常会話も困らず、親から見ても羨ましいくらいでした。家での会話は日本語で、長女も知華も当時、嵐が大好きな女の子。嵐が初めてインドネシアに来た時には、ホテルで出待ちまでして、結局肩透かしで半泣きしていました。
https://note.com/beloved_tomoka/n/n3d23e1dac499
