5月21日放送のテレビアニメ「サザエさん」(フジテレビ・日曜18:30)は、「トーフ屋の夢ちゃん」、「ひとこと多いひと」、「迷い込んだお客さま」の3本だった。タイトルだけで“普段通りのサザエさん”であることは一目瞭然だが、放送結果に民放キー局の社員は大きなショックを受けたという。
ビデオリサーチが調べた視聴率(関東地区、リアルタイム、世帯、以下同)の結果が驚くべきものだったのだ。民放キー局のディレクターが言う。
「21日のサザエさんの視聴率は6・4%。1969(昭和44)年の放送開始以来、ワースト3位の結果でした。ワースト1位は昨年8月28日放送の5・6%ですが、この日は日本テレビの『24時間テレビ』が裏番組でした。『サザエさん』が低視聴率を記録した場合は、これまで何らかの理由がありました。ところが21日は、何も理由が見当たらなかったのです。民放各局の編成担当は『「サザエさん」もいよいよ終焉を迎えるのか』と思ったに違いありません」
原作者の長谷川町子は1920(大正9)年生まれ。1935(昭和10)年に15歳という若さで漫画家デビューした。“天才少女”と題し、長谷川の伸びやかな容姿を紹介するグラビアページが現存する。
戦後間もない1946(昭和21)年、福岡県のフクニチ新聞社が夕刊フクニチでの漫画連載を長谷川に依頼、4月22日に初めて「サザエさん」が掲載された。
その後いくつかの新聞や雑誌を経て、1951(昭和26)年4月から朝日新聞の朝刊で連載がスタートし、これが最終話まで続いた。
豆腐屋の衝撃
アニメ版は1969(昭和44)年10月にフジテレビで放送が開始された。朝日新聞での連載は1974(昭和49)年2月に中断されて以後、再開されることはなかった。アニメ版とマンガ版が重なっていた期間は、わずか4年半ということになる。
「長谷川さんは1992(平成4)年に72歳で逝去されました。その後は脚本家と制作会社の奮闘で放映が続いています。とはいえ、戦後日本の世相や人情を描いた原作の世界観を崩すことは不可能であり、令和の今からするとどうしてもエピソードや設定が古くなってしまいます」(同・ディレクター)
例えば、第1話の「トーフ屋の夢ちゃん」はこんな粗筋だ。
カツオがお使いで豆腐屋に行くと、店内に小5の算数の教科書が置かれていた。カツオは学校で「豆腐屋さんに5年生がいるなんて知らなかった」と話すと、花沢さんが「別の学校に通っている、かわいい女の子がいる」と教える。親友の中島も豆腐屋の女の子は見たことがない。カツオと中島は興味を持ち、豆腐屋に通うようになる──。
「今、ほとんどの日本人は豆腐をスーパーかコンビニで買っているでしょう。若い世代ほど、豆腐屋の知識は持っていたとしても、実感に乏しいはずです。第3話の『迷い込んだお客さま』も、道に迷っている女性にサザエさんが道案内を申し出ると、二人とも迷ってしまったというエピソードです。高齢者もスマホの地図アプリでルートを検索する時代ですから、時代とかけ離れた内容になっています」(同・ディレクター)
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