直径1.2センチに108字 「日本一のキラキラネーム」彫れた
寿限無(じゅげむ)寿限無五劫(ごこう)のすり切れ海砂利水魚の……。松江市矢田町のはんこ製造販売会社、永江印祥堂が作った「寿限無さん専用印鑑」がSNS(ネット交流サービス)などで話題を呼んでいる。わずか直径1・2センチの印面に108文字が彫られ1文字の大きさは四方が1ミリ以下。高い技術力が目を引く。その背景には印鑑文化に変化の兆しがある中、印鑑の新たな可能性を広げたいと願う同社の思いがあった。
精密な技術力発揮
「寿限無の印鑑も彫れます」「日本一有名なキラキラネーム」。同社公式アカウント上では写真とともにユニークなコメントでその印鑑が紹介され、「すり切れずに読めるのすごい」「素晴らしい技術」「(名前が長い)ピカソの本名もいいかも」などさまざまな反応が寄せられている。寿限無は子の幸せを願うあまり縁起が良い言葉などを連ねて名前を付けたが、日常生活に支障が出るほど長い名前になってしまった、という内容の笑い話で古典落語ではおなじみの演目。同社のSNSを担当する「中の人」(顔出しNG)は「多くの人に注目してもらってうれしい」と笑う。
実は同社には「寿限無」以前にバズった(話題になった)印鑑がある。2022年9月、人事異動でウェブ担当になったばかりの中の人は、ネット上での自社PRに頭を悩ませていた。地味で話題になることが少ない印鑑業界だけに、なかなか難しいミッションだ。考えた末、たどり着いたのが自社の武器である「技術力」を最大限に示せる精密な印鑑を作ることだった。
熟練の職人も初挑戦
「お願いします。でも、絶対に断らないで」。中の人は、職人歴約20年の村尾直樹さん(49)ら同社の職人たちに、80文字の印鑑を作ることを依頼した。
長い部署名などを彫った法人向けのオーダーメードの印鑑を請け負うことも多いため、文字数が多い印鑑はお手のもの。だが、それも長くて40文字程度。その倍にもなる文字数を彫るのは村尾さんらにとってもちろん初めての挑戦だった。
村尾さんら職人6人は、通常の業務の合間に依頼された印鑑作りに取りかかった。文字と文字の間隔、太さが違う2種類の針を使い分け針の動く速度や深さに目を配りながら、機械で丁寧に彫り最後は手仕上げで細部までこだわった。
<こんにちは。島根県にある小さなハンコ屋が1・2センチの印鑑の中で限界の文字数に挑戦しています。今回は87文字に挑戦。しっかり読めていますね!これが職人の技術なんです!すごいでしょ。>
試行錯誤の末、完成した印鑑の文字は納得できるものだった。最後の「すごいでしょ。」の一文は、職人たちが遊び心で付け加え、結局87文字に増えた。「しっかり読める印鑑ができ、長年の技術力が示せた」と胸を張る。
中の人が翌10月、その印鑑をSNSで紹介すると大きな話題を呼んだ。22万以上の「いいね」がついたといい、会社のPRに大いに貢献した。「正直、こんなに注目されるとは思わなかった」と振り返る。
話題集めのつもりで作ったはずだったが、売ってみたら「意外と売れた」(中の人)。87文字の印鑑は「あの印鑑」として今年8月初旬までに30本ほどを販売した。
その後、SNSで寄せられた要望を受けて22年10月に作った冒頭の108文字の印鑑は「寿限無さん専用印鑑」として販売し、80本ほど売れている。「『あの印鑑』は使いどころの想像が付きませんが……」と話す中の人。「寿限無の印鑑は一度に10個も注文してきた人もいました。何かの記念か贈答用か……。もしかしたら落語関係の人が買ってくれたのかも」と想像を膨らませている。
他にも「なせば成る」「継続は力なり」といった座右の銘の印鑑や、百人一首の印鑑、QRコードを彫った印鑑、般若心経のスタンプなども作っており、印鑑・スタンプの可能性を広げている。
同社によると、ペーパーレス化や脱ハンコの流れが社会に広がり、近年の印鑑業界は逆境にさらされているという。さらに、新型コロナウイルス禍は店頭販売の減少などの暗い影を落とした。
そんな中、印鑑の新しい可能性を模索している同社にとって「寿限無」などのユニークな商品が注目を浴びたことは大きな希望になっているという。同社取締役の福間敏之さん(51)は「『名前を彫る』というこれまでの印鑑の概念にとらわれず、『表現を彫る』ということに目を向け、新たな市場を開拓していかなくてはいけない時代になってきている。今後も挑戦し続けていきたい」と力を込める。【目野創】
https://mainichi.jp/articles/20230907/k00/00m/040/199000c
続きを読む