大学生ランナーの激走が注目される箱根駅伝では、選手たちの足元を支えるシューズにもドラマがある。国内外のメーカーが激しく繰り広げる開発レースだ。スポーツ用品大手のアシックス(本社・神戸市)は、本選で一足も使われないという状況を脱し、今年は埼玉県勢の区間賞にも貢献した。(さいたま支局・水野友晴)
アシックスのレーシングシューズ開発担当、竹村周平さん(45)は、2021年の箱根駅伝が忘れられない。自社シューズを履いて走った選手が一人もいなかったからだ。国民的イベントでの“完敗”。「次の年こそは絶対変わる」と自らに言い聞かせた。
長距離走の世界では、17年に「厚底シューズ」を発売したナイキが話題を独占していた。同業他社が底の薄い軽量シューズの開発にしのぎを削る中で、同社の厚底シューズはカーボンプレートを使い反発性を高めることなどに注力していた。これを履いた選手がマラソン世界記録を更新。世界中の選手に広まり、各地のレースで好記録を連発していた。
この波は箱根駅伝の出場校にも及んだ。18年以降、ナイキを履く選手が増え始めていた。
この状況をどう打開するか。アシックスは19年末、社長直轄の商品開発チームを設立した。創業者・鬼塚喜八郎の「頂上(Chojo)から攻めよ」という言葉から、計画の名称は「Cプロジェクト」。チームの取りまとめ役を任されたのが、陸上競技の経験者で、サッカーシューズなどの開発にも携わった竹村さんだった。
■「選手の思いに応えよう」新作2種類、スピード完成
アシックスの契約選手たちの間にも、危機感は広がっていた。竹村さんが意見を聴きに訪ねると、彼らは口々に「速く走れるシューズ」を要望した。
「人生を懸けて戦っている選手たちの思いに応えよう」。通常の開発は、2~3種類の試作品を製作して最適なものを絞り込んでいく。その工程を見直した。まずは薄底・厚底を含めた10種類以上の試作シューズを用意。それらを徹底的に比較することから始めた。
試作品を手に選手たちをまわり実際に履いてもらった。やはり、評判が良かったのは厚底のタイプだった。ただ、改良に取り組む中で、歩幅の大きいストライド走法と、小幅で足の回転を速めるピッチ走法の選手では、カーボンの形状などを変えた方がパフォーマンスが向上することがわかった。完成したのは、ストライドとピッチそれぞれの走者に合わせた2種類の厚底シューズだ。これらは21年3月に完成。開発着手から1年ちょっと。業界では異例のスピードだった。
■箱根駅伝2023で区間賞
新作シューズはランナーたちに受け入れられた。「自分に合った反発を受け、推進力を自然に出せる」「長い距離を走っても後半にしっかり脚力を残せる」
その結果は箱根路の舞台でも表れた。調査会社によると、21年にゼロだったアシックスのシューズ着用率は、翌22年に11・4%となり、今年は15・2%にまで上昇した。埼玉県川越市に練習拠点のある東洋大の木本大地選手(4年)も同社製品を履いた一人だ。今年の8区で区間賞を獲得した。
競技用シューズは、厚さや形状を1ミリ変えるだけで選手の走りに影響を与える。Cプロジェクトはいまも継続中で、試作品の成否を確かめる場をケニアにも設けた。目指すのは「アスリートに寄り添うシューズ」。竹村さんたちは今も開発に取り組んでいる。
https://www.yomiuri.co.jp/hakone-ekiden/news/20230324-OYT1T50132/
続きを読む