ロシア軍のウクライナ侵攻後、従来は機密情報だったロシア軍の作戦内容などについて、英国が積極的な開示を続けている。
インテリジェンス(情報収集・分析)を通じ、ロシアの手の内を明らかにすることで情報戦を制する狙いがあり、スパイ映画「007」シリーズで知られる英国の情報機関も様変わりしている。
一方で公開しすぎれば情報源を危険にさらす可能性もあり、一部では懸念の声も上がる。英国の現状を探った。
「プーチン(露大統領)の機先を制し、どれだけ多くの情報を迅速に開示できるか。それが既に今回の紛争の注目すべき特徴になっている」ロシア軍のウクライナ侵攻から約1カ月後の3月末、英政府通信本部(GCHQ)のフレミング長官はオーストラリアでの講演でそう語った。
士気の低下したロシア兵が命令を拒否したり、自軍機を誤って撃墜したりするケースが頻発していることも次々と明らかにした。
GCHQは前身組織が第二次大戦でナチス・ドイツの暗号通信を解読した実績があり、その歴史は古い。現在は米国家安全保障局(NSA)とも連携。英国のシギント(通信傍受による情報収集)を支えている。
英国は今回、最重要同盟国の米国と歩調を合わせる形で情報開示を進めている。正しい内容を迅速に公開することで、ロシアによるプロパガンダ(宣伝工作)や一方的な偽情報の拡散を防ぎたい思惑がある。
だが、なぜ公開がここまで一気に進んだのか。背景には、従来は国家機密だった情報の一部が既に機密でなくなってきた点を指摘する声もある。
「近年のインテリジェンスは、いわゆる情報のプロのみによって収集されたものばかりではない。ソーシャルメディアなどの解析を通じたオープンな情報源からの内容もあり、公開しても問題のない情報が多くなっている」。
情報戦に詳しい英マンチェスター大学のベラ・トルツジリティンケビッチ教授(ロシア学)はそう分析する。
英国には複数の情報機関がある。GCHQのほかに有名なのが、007シリーズの主人公ジェームズ・ボンドが所属する設定の秘密情報部「MI6」だ。1990年代まで英政府はその存在すら公式に認めてこなかった組織だが、2010年に当時の長官が初めてジャーナリストらの前で公に講演し、現在のムーア長官はSNS(ネット交流サービス)で顔を出して発信する時代になった。
そして今回、世界的に注目を集めているのが国防省の国防情報部(DI)だ。英政府によると、DIは約4500人の職員を擁し、その3分の2が軍人という。
国防省は連日、DIの情報などを基にツイッターでウクライナの戦況を発信。たとえば5月2日には、侵攻開始後に投入されたロシア軍の戦力のうち「4分の1以上が戦闘不能になった」との分析を公開した。
一方、今回精彩を欠いたのがフランスの情報機関だ。AFP通信によると、仏軍事偵察局(DRM)はロシア軍による2月のウクライナ侵攻を読み切れず、直前まで「侵攻はない」と分析。その責任を取り、DRMのビドー長官は辞任に追い込まれた。
だが英米も03年、当時のイラクが大量破壊兵器を所有していないにもかかわらず、誤った情報分析を基にイラク戦争開戦に踏み切った苦い過去がある。さらに14年のロシアによるウクライナ・クリミア編入の際には、次々にプロパガンダ情報を流すロシアに対し有効な対抗策を取れなかった。英米はこうした教訓を今回の情報開示に生かしているとみられる。
https://mainichi.jp/articles/20220504/k00/00m/030/247000c
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