2021年のシーズン限りでプロ野球を引退し、「株式会社斎藤佑樹」の社長となったハンカチ王子と現代ビジネスがコラボして始まった本連載。新米社長・斎藤佑樹が、財界の名だたる大物や先輩を訪ね、忖度なしの質問をぶつけ、経営のヒントを学んでいく。
連載第3回目となる今回の対談相手は、2021年より株式会社TOKIOで取締役副社長を務める、日本のトップアイドルの一人・国分太一氏だ。彼はタレントとしてバレエティなどに出演しながら、地域の「モノづくり」を発信し、地方創生に取り組んでいる。斎藤佑樹氏と国分太一氏は、対談を通して「未来づくり」について語っていく。
第3回・5話目となる本記事では、斎藤佑樹氏の「夢」を国分太一氏にぶつけ、お二人の進む道について語ってもらった。<中略>
斎藤 高屋敷さんは僕にこうアドバイスしてくれたんですよ。「斎藤が野球の指導者として現場に戻ろうと考えているのなら、今のうちにやっておいたほうがいいことがある。斎藤佑樹がなぜプロ野球で活躍できなかったのか、いろいろな人に訊きまくれ」。太一さんだったら、この質問に何と答えますか。
国分 なんだろう……。ここじゃないのかもしれない。斎藤佑樹さんにとっては、プロ野球選手って通過点なんじゃないですか。プロ野球選手として活躍することが、斎藤さんにとってのゴールじゃないんじゃないですか。
80歳になった斎藤さんが自分の長い人生を振り返ったとき、プロ野球選手として過ごした時間は、実は自分にとってそんなに大切な時期ではないのかもしれません。それより先に、もっと大きな何かが待っている。人生にとって一番大切な時期は、20代ではなく、もっと先なのかもしれません。
斎藤 早稲田大学時代に野球部の恩師だった應武篤良(おうたけ・あつよし)監督が、2022年9月に64歳で亡くなられました。應武監督が太一さんとまさに同じことをおっしゃってくれたので、今とても驚いています。
引退するとき應武監督に電話をかけたんですよ。すると「斎藤、ここでお前の仕事は終わりじゃない。この先がお前の仕事なんだ。これは通過点だ」とおっしゃってくれたのです。
国分 僕もそう思います。TOKIOにとっても斎藤佑樹さんにとっても、今がゴールじゃない。「今は通過点だ」という気持ちで、一緒にがんばっていきましょうよ。
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