男は人生に絶望していた。
「最期にいいものを食べよう」。3月29日午後、千鳥足の男は鹿児島市のファミリーレストランに入ると、ビールや丼、揚げもの、これまで我慢していた好物を片っ端から注文。6時間以上、欲のままむさぼった。
長居を不審に思った店員が声をかけると、「お金を払えません。警察を呼んでください」と打ち明けた。警察官が駆けつけた後も、詐欺(無銭飲食)の疑いで現行犯逮捕される直前まで食べ続けた。8520円分の注文に対し、所持金は259円だった。
5月の初公判。男の生い立ちが明かされた。細身の白髪頭で、はっきりと氏名、生年月日を述べる男に鹿児島弁なまりはない。長崎で生まれ育った60代が、縁もゆかりもない鹿児島に単身やって来たのは事件半年前だった。
きっかけはアルコール依存症の治療。知人の紹介で鹿児島市の就労支援施設に入所し、軽作業をしながらアルコール依存症克服プログラムに取り組んでいた。これまで20回以上無銭飲食を繰り返し、刑務所を行き来してきた。全て酒が原因。「意志が弱く、飲まれてしまう」。人生をやり直す場所に鹿児島を選んだ。
「誰より熱心に頑張っていました」。証言台に立つスーツ姿の男性は、男が恩師と慕う施設の代表。 酒を断ち切ろうと努力していた様子を語る横で、被告人席の男は伏し目がちだった。
男はさまざまな依存症の当事者が集まるプログラムに参加し体験を語り合った。3カ月以上禁酒を続け、人生の再出発は順調にみえた。心に闇が訪れたのは年明け直後。男には縁を切られた家族がいた。「勇気を出して会いに行こう。変わった姿を見てほしい」。期待を胸に数十年ぶりに長崎の家族を訪れた。ドアは開くことなく、拒絶された。
何とか持ちこたえて鹿児島に戻り、再びプログラムに励む男を今度は病魔が襲う。大腸の痛みで救急搬送され、追い打ちをかけるように医者から「このままだと死ぬ」と告げられた。全てがどうでもよくなり、再び酒に手を出した。
証言台の男性は自分が止められなかったことを悔やんだ。「社会復帰後も必ず面倒をみる。仲間ですから」。被害弁済を立て替えたのも男性だった。被告人席の男の目は赤らんでいた。
判決の日。裁判官から懲役2年4月の実刑が言い渡された。判決理由をじっと聞く男の背後に男性の姿があった。退廷時、小さく言葉を交わした。男性もかつてアルコール依存に苦しみ、犯罪を繰り返した。努力と周囲の支えで克服した本人だからこそ、やり直せると信じている。そんな強い思いを感じた。
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