「国税局仮庁舎時代、首塚にお供えするお酒を課員と共に飲んでしまい、その後ボヤ騒ぎや病人騒ぎやらで往生しました。何と言うか怨念の土地でしたね」
— 幣束 (@goshuinchou) August 21, 2025
という談話を、平将門の首塚が敷地内にあった時の大蔵省で課長職だった相馬邦三郎さんという人が残してるんだけど、苗字が相馬なのが激しく気になる
天保年間に死去した第35代当主:相馬将枝の通称が「邦三郎」なので、もしかしたら傍流に属した人物なのかもと。https://t.co/0WSwmJwe6h
— オヒョウ@2025=漫画650/文字本489 (@griffons_11) August 21, 2025
平将門が相馬小次郎と名乗り相馬の地に居たことや、相馬氏が将門の子孫という説があるのでその辺気になるところですね。
— 近江の助次郎 (@oumirokkaku) August 21, 2025
大蔵省の相馬邦三郎氏は1953年には大蔵省に所属。国税庁が出来たのが昭和24年(1949年)で最初は内幸町に。関東甲信越国税局が大手町合同庁舎2号館に入ったのが1966年10月。仮庁舎というのだから1966年の数年前の出来事なのかな? pic.twitter.com/T9vkWdUYTP
— 近江の助次郎 (@oumirokkaku) August 21, 2025
将門塚に隣接する三井物産本社ビルは、お祓いが足りなかったのか、鉄骨をくみ上げたまま長い間工事が中断していたことがある。長銀は潰れちゃった。向い側の旧三和銀行本社は、入口に流政之作の大黒天の石彫を置いて魔除けにしている。最近塚のあたりが改装されたが、それが吉とでるか凶とでるか?
— 麻川好史 (@asakawakoushi) August 22, 2025
平将門公は千葉氏族の出ですから☝️そして同一族の相馬氏が継いでますので…
— サルビア/鶴龜&瞳神 (@mizugameGOod) August 21, 2025
酒のせいだけではなさそうな?
— くすのき (@kaminohongasuki) August 21, 2025
奥州相馬氏的な?
— がんつん (@gantsun) August 21, 2025
平将門の子孫かも知れませんね
— パオ (@udxV1pESQJGppoN) August 21, 2025
平将門の通称が相馬小次郎で、海道平氏の一族の相馬氏がその後裔という説もありますね。
— 雪風 (@V4Qzb) August 22, 2025
その相馬課長と仰る方もそれに連なっている可能性も。
塚を囲むあの辺のビルは、塚にお尻を向けないように机を配置しているという。
— 福田一裕 (@C6ogpwX63gwxOhP) August 22, 2025
日本全国に将門の子孫、と将門の首塚が。桜川市五所駒瀧神社の神主さんが将門の子孫とか。
— 立夏 (@fortunericca) August 22, 2025
つくば市には将門由来の石碑とか多いのですが、地元の人曰く「研究家がやってきてここは将門の親戚!」言いだしたんだとか。
全国に散らばる将門伝説、庶民の権力者に逆らいたい願望が形になったのかも、と
つ 「子孫のくせに祖先大事にせんとは何事ぞ!」
— ごとうたけし (@gotoutakesi00) August 22, 2025
https://t.co/bLJWdmlQNL
— DO@norest (@ODnorest) August 21, 2025
前秋田県知事 佐竹敬久氏の曾祖父は相馬樹胤の三男の佐竹義尚。佐竹敬久氏からみて母方が佐竹氏・相馬氏系。出生時は和井内氏だったが外祖父の佐竹敬治郎(佐竹義尚の次男)から家督を継いだ。
佐竹氏・相馬氏・岩城氏ら戦国期の福島県浜通り・茨城県の大名は相互に親戚である。 https://t.co/I7Ydsh5TBk
旗本の旧下総相馬家邦三郎氏が幕末に杉原家から養子を取り、その人が明治に更に大蔵省職員の井田九三から養子を取り⋯とあるので血は絶えていますが井田の養子が邦三郎を名乗った可能性は高いですね
— 伊野利 (@eastashigara) August 21, 2025
先祖の首塚知らんとか⋯そして絶えた
大蔵省の落雷焼亡は真珠湾前年なのでボヤよりも感想聞きたい所⋯ https://t.co/PqaQGuksF9
この話に、帝都物語とスーパークリークと相馬野馬追と宗像教授が一斉に想起されて、まとまりがつかない。 https://t.co/V54RCra2Oq
— ファトラ2世 (@gneisenau1760) August 21, 2025
将門の怨念より国税局への恨みつらみの方が強力そうだ https://t.co/5Wx7MineLw
— NiKe (@fnord_jp) August 22, 2025
中坊の頃、山の中の平家の首塚で数人で夜中に録音しに行ったが1時間のテープにみんなの「寒いな」しか録音されておらず、後日メンツの1人がその首塚とされている石を引っこ抜いて自宅の庭に転がしておいたら寝てるとき白装束の侍に刀を首筋に当てられた、という話。「でもオレ生きてるし」だと。 https://t.co/8YagwdnTZ6
— こばんざめ (@kz0217) August 22, 2025