昭和31年刊の中華料理の家庭向け料理本を読んでるんですが、のっけからお手伝いさんがいる前提で話が始まっていたり、「日本の家庭では突然の来客に夕食を出すことが度々です」とあったり、8人がけの回転テーブルの席順が解説されていたり。
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
この時代の家庭料理本、あくまで上流家庭向けだったのかな
何せおもてなしの献立例がいきなりこちらです。
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
全16品!
フカヒレ!
高度経済成長期のお父さんがいきなり部下を数人連れて来るのとはちょっと意味が違う……。 pic.twitter.com/62MjzFXyYU
「略式の菜単です」と書かれたものでもコレ。
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
略式でもアワビ! pic.twitter.com/11YxG8XFrJ
ただし、それぞれの料理は、工程や味付けはシンプルなものが多いです。家庭向けに簡略化したというよりは、当時の一般的な宴席中華もこんなものだったのかな。
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
特に冷菜は、当時はあくまで「とりあえずの一品」的な位置付けだったから、ほとんどのものは味付けが「酢醤油」で完結します。
酢醤油だけとは言え下ごしらえはたとえば、鴨を一羽用意して臓物を抜いて首と脚を切り落とし、下味をつけて50分蒸すところから始まったり、皮付きの豚バラ肉は2時間茹でたり、なかなかのものです
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
そしてその多出する酢醤油のレシピを当時の大さじ小さじから換算すると
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
酢 27g
醤油 54g
砂糖 3g
ごま油 4g
うま味調味料 適量
かなりハードコアですね。
東京の古くからの中華料理店の「冷やし中華のタレ」っぽくもあり、やはり冷や中がアッパー中華の前菜の系譜というイメージと一致します
焼き餃子が「焼売のようなもの」という解説とともに登場します。このレシピをそのまま作ると、おそらく銀座天龍の餃子と同じようなものに仕上がるでしょうね。カラシが添えられるあたりもまさに。現代の主流の餃子とは全くの別物です。 pic.twitter.com/8DqJzwr1du
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
まさかの真俯瞰!
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
唯一のカラー写真です。
当たり前ですが本物の芝海老と生のグリーンピースですね。 pic.twitter.com/wtxhrIbpCc
こちらの本です pic.twitter.com/syigkigJM3
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
こんなあたりの時代感覚とか、興味のある方には、こちらがよくまとまっています pic.twitter.com/t7lcrP2DJa
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 30, 2025
上流というよりこの時代の大卒サラリーマン層の感覚でしょうね。決して上流ではないけど、全社会的には希少性があった階層だったわけです。
— 村山茂樹 (@Clunio) July 30, 2025
本来の語彙での「中流家庭」層ですね。当時で全人口の10%程度だったという推定があります。
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) July 31, 2025
確かに良いご家庭向けだと思いますが、昭和も私の生まれた時代だとそういうご家庭だと子供一人一人にお手伝いさんがついていたり、住み込みのお手伝いさん一家がいたり、行儀見習いのお手伝いさんもいたり、今よりはお手伝いさんのハードル低かったはずです。
— だって犬が好き (@datteinugasuki) July 30, 2025
祖母や母の話聞く限り、その時代の中流家庭はお手伝いさんがいる前提かと
— 神行太保 (@culloss) July 30, 2025
中華料理のレシピを知りたがるのはアッパーミドル以上なのは間違いないと思いますが
生なのか干鮑ななかわかりませんが、その当時の流通を考えると価値を計りかねますが、狩猟者段階では肉より遥かに安く扱っていた様ですが、料亭やレストランにまでの流通経路、経費歩留を考えるとかなり高価なモノなのかもしれませんね、魚類専用のトラックや酸素封入の配送とかないですもんね
— qorisuhke (@qorisuhke) July 30, 2025
いわゆるケの食事、日常で食べる煮付けや和え物と言ったものは厨で母から娘に口伝で教わるもので、わざわざ書籍で料理を習得するのは、ちょっといいご家庭のものだったと思います
— hizo@食堂のおばちゃん (@hizohizo) July 30, 2025
突然の来客は、自身の幼少期の記憶としてあります。「近くまで来たから」と父母の友達が寄ったり、父親が会社の同僚を連れて帰って来たり、など。
— Kimura Norio (@PX200BME) July 30, 2025
昭和31年というと「もはや戦後ではない」の年ということになりますか。
— 黒宮 屁太郎 (@kuromiyahetarou) July 30, 2025
富裕層は戦中の物不足の時代でも普通にすき焼きとか食べられたそうだし、そろそろ来客時にちょっと目先の変わった料理を提供してステイタスを示そうかなという考えが富裕層の間で一般化してきた時代ということなんでしょうかね
書籍などをお手本に「正しく」料理を作って振る舞うのは、お手伝いさんのいるレベルのケッコー御ハイソなお宅という事でしょうか…
— いけひろRevival (@Revival41227145) July 30, 2025
逆説的に、貧民の我々がテキトーに名も無き料理で何とでもするスキルを失ったのが現代なのかも?