祖父は造船工場の中で被曝なんだけど、部下が目の前で「一瞬でいなくなって影になった」の見てるんだよね(祖父は鉄骨の影で無事)これを1回だけ祖父から聞いたけど、ネットで英語で書き込んだら嘘言うなと炎上したことある。本当だと思うよ、だって部下を整列させたこと死ぬまでじいちゃん悔いてた。 https://t.co/dutLgnlgLn
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 5, 2025
巨匠ジェームズ・キャメロンが、広島・長崎への原爆投下を描く映画『Ghosts of Hiroshima(原題)』で、実際の投下の様子をありのままに描く意向を明かした。スティーブン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(1993)や『プライベート・ライアン』(1998)を参考に、「本当に恐ろしい」映画を作るという。
本作はチャールズ・ペレグリーノのノンフィクション作品『Ghosts of Hiroshima』『The Last Train from Hiroshima : The Survivors Look Back』に基づき、広島と長崎で2度被爆した“二重被曝者”の山口彊(やまぐち つとむ)氏を描くもの。キャメロンは2009年に山口氏と面会し、15年以上にわたって企画を温めてきた。
米Deadlineにて、キャメロンは「映画館の観客が、原爆投下を体験したかのように感じられる映画を創りたい」と宣言。「広島と長崎で起こったことを、手加減せず、容赦なく描きたい。スピルバーグがホロコーストやノルマンディー上陸作戦をありのままに見せたように」と語った。すでに、スピルバーグとは本作の構想を話し合っているという。
https://theriver.jp/cameron-goh-bomb-expression/
その日が祖父が会社を辞めてお別れを言う日で、部下たち一人一人握手するために整列してくれてたんだって。開いた入り口の前に並んでた部下たちは一瞬で消えたと。
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 5, 2025
広島長崎にはそんな物語がいくらでも、まるで普通のことのように埋まってるんだよ。
祖父のような体験は広島や長崎では多くの方が語っていたものです。しかし被爆者の高齢化によりそうした声を直接聞ける機会が減ってきています。
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
国立平和祈念館がまとめたテキスト・動画・音声の被曝証言アーカイブです。再投稿いただけると幸いです。https://t.co/D73dmyoi7b
自分は広島出身の同級生の両親が幼少時に原爆を体験、強烈で鮮明な記憶を子に伝えてる。ある人の父上は市街から離れたお寺の子で強い光が山に遮られて被爆を免れたが市街から来た電車の「中が溶けた人だらけなのを見た瞬間、当時寺に預けられてた市街出身の子達が孤児になったと悟った」と言っていた
— LaShioir ラシウワ (@LaShioir) July 6, 2025
広島中心部では、子どもだけ疎開させていたので原爆後戻ってきても子どもだけだったという話は聞きますね。電車・・辛い光景です・・
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
逆に子供だけ東京から広島に疎開していて子供だけが亡くなった事例もありますねhttps://t.co/84fwGf1I5L pic.twitter.com/b0uHFzvr9i
— vixip@新刊の感想待ってます (@vixiphakkou) July 6, 2025
いずれにせよ辛いですね・・「被爆した後、他にも誰も帰ってこなかった」(つまり一家全滅ですね・・)も多くあったようです。
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
私の叔父はあの日広島に行きたまたま建物の影で休憩していて生き残りました。周りの人が一瞬で居なくなったと…
— まっちゃん🎏🐈4/6ELDRED⛄️💛💖 (@naoneoheart) July 6, 2025
亡くなったと家族が諦めていたら岡山まで歩いて帰って来たときいてます
こんにちわ、祖父と同じ状況だと思います。ほんの少しが生死をわけて、、、私たちまで繋がっていると思うと感無量ですね。
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
うちのおじいちゃんも同じです
— まき (@DUyGGGLko3pgeFv) July 6, 2025
被爆者手帳を1度か2度見せてもらった
造船所で働いてたって
ピカーっと光ったと
一瞬たい
それだけ
それ以上話してくれなかった
どこに居たのかわからないけど
生きててくれた
孫の私を1番だと可愛がってくれた
聞かせたくないと思ったんだろうな
そんな感じですね。祖父もきちんと語ったのは1度きりでした。祖母もです、、、
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
広島ですが、被爆した祖父は鉄骨の建物の内側の壁が影となって助かり、涼しいということで建物の窓際にいた上官たちは姿すらなくなったと。
— たんぽぽつくし♪ (@tanpopo_tukushi) July 6, 2025
そしてこの話は、戦後60年以上経過し、死ぬ二ヶ月前になって初めて話しました。
お祖父様も、口に出すのも辛いけど、勇気を出して話されたのだと思います。
ありがとうございます。祖父も私の宿題でせっつかないと話さなかったと思います。実は中学でも尋ねたけどその時は断られたんですよね。。話したくないですよね、、、
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
あー、そうか、嘘だと思われるんだね。
— 目玉焼き (@hirojaro_417) July 5, 2025
広島や長崎では、よく聞く話だけどねー。
そもそも被爆者であること、他県では隠すからねー。私結納の時に向こうの親御さんの顔色変わったよ😔
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 5, 2025
えっちょっと待って。
— うぃっちわっち(丁稚) (@Witchwatch99) July 6, 2025
「部下を整列させた」って、蒸発した部下の方ってひとりじゃなくて?
これは想像ですが、会社辞める時って社員が並んで玄関でお花渡してお別れしますよね。あの直前みたいな感じかなと理解して聞いていました。祖父は事務所で上司に挨拶して、みたいな感じかなと、、詳細はわかりませんが、、、
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
目の前で影になるような熱と爆風が来たのであればその光景を目撃した人も当然死んでるはずだぞ
— レンホッレンホッ (@ippanjin2525252) July 7, 2025
いくら遮蔽物があっても生存は無理筋
つまり嘘
こんにちは、コメントありがとうございます。科学者ではないですし、事実を正確に伝えるというより、祖父の悔恨と消えていく記憶の継承での投稿でしたので科学的正しさについてのご指摘は申し訳ありませんが対処しかねます。そう祖父が語りましたので、彼の辛い経験談として読んでいただけたら幸いです
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 7, 2025
祖父母は東京だったので空襲の話を聞きましたがこちらも地獄絵図でした。
— ゆずゆず 子猫の乳母 (@dd970e5d4871495) July 7, 2025
夜間盆地の山側から爆弾を落としていき、火に追われて川に逃げた人は水面からの光りの反射で丸見えになり機銃掃射で全滅したそうです。
祖母は気づいたら山の崖に腰掛けていて空襲から3日経っていたと言ってました
五日市にいた祖母は窓ガラス割れたとかいってましたね…弟探しに祖父と入市して被爆しました(背中一面ケロイドの弟は原爆症で亡くなりました)
— マカロニ (@mFa2S0w2fGir00l) July 6, 2025
ウチにある、原爆から半年以上経って東南アジア出兵で捕虜になった祖父が帰ってきた時に撮った写真。
— ヒュッケ (@VineNoKenzoku) July 6, 2025
当時の軍医の被爆体験を漫画化した話。https://t.co/UCdY9UjNJm
他にも色々ありますが…まぁ、調べれば幾らでも出てきますので… pic.twitter.com/jHIWZcX6iA
私の祖父も現在三菱造船所がある辺りの兵器工場で被曝しました。鉄骨の柱の裏にいたので助かりましたが亡くなった同僚も多かったそうです。居る場所によって生死を分けたと言っていました。
— 🩶ほいほいこー🩶 (@yvrolifc951) July 6, 2025
松山から1kmの辺りに住んでいた祖父一家は爆心地側に崖があったのでそれが風を弱め全員助かりました。
私の祖父は爆心地から900mの三菱の工場内で被爆しました。
— 安西紘子 (@HirokoAnzai0204) July 6, 2025
今年は戦後80年。夏休みに子供たちを長崎へ連れて行く予定です。
皆様たくさんのリツイートやいいね、ありがとうございます。全員にお礼を書くことができませんが、真剣に受け止めてくださった方、立ち止まって考えてくださった方、親族から近いお話しを聞いたことを共有してくださった方、ありがとうございます。父から少し補足を聞きましたので、追記しておきますね
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
ちなみにこの父は、子どもの時は崩れた教会の瓦礫の中で、友だちと散らばった天使像や聖人像❓の頭や体で遊んでいたと言っていて、私にとって強烈な戦争のイメージとなっています。
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
追記 父が祖父から聞いた話
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
造船所の鉄骨の下敷きになって足が挟まれていたけれど、この日は偶然高下駄を履いており、そのおかげで足そのものは抜くことができたのだそう。そこから無事だったもの同士助け合ったあと、妊娠中の妻(祖母)の元へ向かったとのこと。途中はよく聞かれるような瓦礫と 1
焼け爛れた皮膚を引き摺りながら水を求める人、燃えて消し炭になった人の中を歩いて原爆中心地に近い自宅まで歩いたそうです。途中、火傷の熱で服を脱ぎながら倒れていたり、服がやけ剥がれて亡くなった女性たちを何人も見かけ、裸ではかわいそうだろうと何かをかけてあげたくても何もなく、2
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
仕方なしに近くに落ちている瓦や瓦礫を足の間や胸に置いてあげることしかできなかったそう。また、途中のどが渇いてあたりを見渡したところ、トマトの木が半分は焼け落ち、半分は青い実のまま残っており、その場の人とともに口に入れたとのこと。熱射の中をひたすらに歩いていると、「ここが 3
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
涼しいぞ」と声をかけられ見てみると、肥溜めに身体を浸して笑っている人・・新婚の身重の妻を思いながらそんな中を祖父は歩いて迎えに行ったそうです。「地獄」という言葉は、祖父も祖母も言っていました。絵のままだったのだと思います。https://t.co/ceHKAt3VwY
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
追記 「急にパーッと真っ白になって、入り口におったもんは皆影になったと」祖父の言葉そのままです。祖父は科学者ではありませんし、「パーッと真っ白になった」瞬間何が起こったか見極められる冷静沈着な状態でもなく、科学的に正しい知識をもって記憶を語ったわけではありません。私本人も 続
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025
科学者ではないですし、事実を正確に伝えるためというより、祖父の悔恨と戦争の辛さ、消えていってしまう記憶の継承の面からの投稿でしたので科学的正しさについてのご指摘は申し訳ありませんが対処しかねます。そのように祖父が語りましたので、彼の辛い経験談として読んでいただけたら幸いです。
— サイベのみかa.k.a GO Nightingale (@wataru_tsuki) July 6, 2025