「私どもの知るところ、これはオーストラリアの牛肉でございます」。
20年前の2002年1月23日。兵庫県西宮市の埋め立て地にある老舗の倉庫業「西宮冷蔵」で社員服を着た小柄な男性が記者たちを冷凍倉庫に集め、積み上げた国産牛用の箱を開いて説明していた。
男性は当時48歳の水谷洋一社長(68)。この「爆弾会見」で日本中が大騒ぎになった。
その頃、BSE(牛海綿状脳症、通称:狂牛病)と呼ばれた奇病が世を震撼させていた。前年の9月、国産の牛肉にBSEに罹患している牛がいることを発表した農林水産省は、全頭検査前の国産牛肉について、すべて買い上げて焼却処分する方針を取る。
これに目を付けたのが雪印乳業の系列の雪印食品の「雪印関西ミートセンター」(兵庫県伊丹市)だった。安価なオーストラリア肉を国産用の箱に詰め替えて30トンを国産牛と偽って国の関連機関に買い上げさせ、補助金1億9600万円を詐取した。偽装牛肉を預けていたのが西宮冷蔵である。<中略>
水谷氏はお得意先の不正を暴いたのであり、厳密には「内部告発」ではないがその後、「正義の告発者」としてもてはやされた。だが、告発のしっぺ返しは大きかった。
出荷ばかりになり、新たな入荷が減ってゆき、冷凍庫は空間が目立ち出す。「雪印で失った1割くらいすぐ取り返せる」と踏んでいたのは甘く、9割の荷を失った。
「他社も同じような偽装をしていて、あそこに預けたらチクられると恐れたのかもしれませんね」(水谷氏)
さらには、国の機関が嫌がらせのようなことをしてくる。国交省に「詰め替え作業時に在庫証明書を改竄した」と難癖をつけられ営業停止処分も受けた。固定資産税も滞納し、施設は差し押さえられ、料金滞納で電気も止められ冷凍庫は死んだ。懐中電灯を頼りに鍋をつつくような生活で、水谷氏は金策に走る一方、梅田の陸橋で連日、「負けへんで」と書かれた幟を立てて筵の上で本を売るなどして糊口をしのいだ。本は支援してくれた出版社鹿砦社(西宮市)の社長が寄贈してくれた。<中略>
長男甲太郎さん(40)は野球で知られる報徳学園高校から富士大学(岩手県)に進学していたが経済苦で中退を余儀なくされた。家業を引き継ぎ一時は7割近くまで回復させた。ある時、中国の食品会社から法律で決められた手続きを通さずに預けることを持ち掛けられた。甲太郎さんは悩んだ末に、父の信念を思い出して拒否したが、これを機に業績は再び悪化する。
最近、結婚した甲太郎さんは社長職を継いだが生活のため、西宮市の別の会社でフォークリフトを運転している。「いっそのこと、廃業して土地ごとに売り飛ばせば何とかなるのでは?」と訊くと「全く考えていません。差し押さえられていて売るのも難しい。必ず再建させたい」と返ってきた。甲太郎さんはJust.iceという会社を立ち上げて再生を期する。スペルを繋げば「正義」を意味するJUSTICEだ。
「負債は13億円にのぼりますが少しずつ返している状況です。支援している人もたくさんいるし、僕らの判断だけで勝手にやめられません。親父は何があっても諦めたらアカンと言ってるし」と語る。
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