仲良しの大先輩(83歳)と飲んだら「昔の早慶戦では慶應は早稲田に向かって『百姓の子ー!!』、早稲田は慶應に向かって『妾の子ー!!』ってヤジを飛ばし合ってたんだよ」って教えてもらって爆笑した
— 永田王/藍川じゅん (@occc_nagata) April 2, 2025
明治38年(1905)、早稲田大学野球部は米国遠征により野球の母国で最新技術を学び、帰国後、早慶定期戦を行います。しかし、明治39年(1906)、両校応援団が極度に熱狂したため、慶應義塾鎌田塾長が大隈重信伯、安部野球部長を訪問し、両校応援団の衝突および危険回避のため、早慶戦の中止を決めました。
全文はこちら
https://www.waseda.jp/inst/athletic/wasedasports/soukei/
お互いに手加減しろ
— 永田王/藍川じゅん (@occc_nagata) April 2, 2025
80年代のネタですが
— 樽房ザウルス (@1112345678999pi) April 3, 2025
慶應:早稲田には医学部が無い!
早稲田:夏目雅子が亡くなったのは慶應大学病院!!
なんかものすごく的を射てる気がしないでもない…
— 川岸の木 (@iqi0BQty12c1YQl) April 3, 2025
お互いキツすぎる…
— ゴーダ (@goda_kazunto) April 3, 2025
早稲田出身者(昭和ひと桁生まれ)から、それぞれの学校歌の替え歌を教えてもらいました。
— 無名 (@IwataNoGonbe) April 3, 2025
片や「経済を忘れぬ下宿のお上、日毎に痩せゆく我らを見よや」
片や「三田の色魔低能」
早稲田卒の親父曰く、「滑り止めー!!」は仲間から「それは流石に?」って言われるレベルの禁じ手だったそうです
— つられた (@turaretagame) April 3, 2025
アメフトかラグビーの試合で
— くろいたま (@awl90914) April 3, 2025
「頭の京大、力の日大」って新聞記事になったらしい
早慶とはまったく無関係ですが、阿川弘之と吉行淳之介(二人とも東大、吉行は中退)が二人で花札やらコイコイをやるときは、「この満州土建!」「何だと、岡山土建!」と罵りあってやっていたそうです(阿川の父親は満州で、吉行の家は岡山の土建業だった)。
— 常陸介 (@chichan22840409) April 3, 2025
いい話だー
— 太田愼吾@歌う電脳工務店 (@kigumix) April 3, 2025
エ、エグ過ぎ💦
— よーこアラカルト (@yokoalacarte) April 3, 2025
互いに一抹の真理が
— 風に立つ犬 (@mementmoriiiin) April 3, 2025
早慶戦、互いにかけ声ナーフしろよと思っていたら
— エズパコ@2日目月曜日東u07b (@shimo_shina) April 3, 2025
とっくに放送禁止レベルから弱体化修正受けていたんですね
現代は言葉が狩られ尽くして貧弱でいけない
野性味ある”暴”の昭和を取り戻したいものです
昭和では当たり前の景色やな
— MADDOG (@MADDOG49489418) April 3, 2025
両校の観客の境界線では殴り合いしていたとも聞きました
— 六照庵 (@orions_fan) April 3, 2025
無茶苦茶当たってそうで草
— ビビリの世迷言@迷走 (@papillon042823) April 3, 2025
大学近くて合同サークル多かったけど、バブルだったのに早稲田は「セコイダサイの早稲田」って言われてたw
でも、学費は慶應の方が安いという事実
— SURA@ENDviolence (@SLIME5461003) April 3, 2025
私の父親の家系では「男子は帝大に行くべし」、とされていましたが、妾腹の男子は生きることにストレスがあって勉学に専心出来ないこともあるやも知れず、「慶応でも良い」、とされていました。他にもそんな家がたくさんあったのか!
— 佐藤 まりあ (@buhimaman) April 3, 2025