「光れ!泥だんご」で有名な心理学者の加用文男教授は、「泥だんごづくりに熱中する子ども時代の経験が、将来どんな能力につながるのか」という質問に対して、「そんなこと考えたくもない」と言ったそうで、本当に大事な視点だなと思いました。僕たちが能力というとき、そこには恣意性が入りこむ。 pic.twitter.com/kRu5DHZxNb
— スミス@オルタナティブスクールスタッフ (@vuSbl8As0klvJhP) September 1, 2024
「社会をより発展させるように」
— スミス@オルタナティブスクールスタッフ (@vuSbl8As0klvJhP) September 1, 2024
「お金を稼げるように」
「幸福な人生を送れるように」
そういう目的を達成するために生み出させる手段が能力で、社会的な諸関係によって構成された概念なので、実体があるわけではありません。能力化は、あらゆるものを手段の次元に引きずり落とします。
能力化により、人間のさまざまな経験や感覚は手段になってしまいます。もちろん、目指す方向がなければ人間は生きていけないので目的も必要ですが、しかしそればっかりでも苦しくなってしまいます。目的ー手段から離れて、息を抜く時間が必要で、そしてそれこそが「遊び」と呼ばれていたものです。
— スミス@オルタナティブスクールスタッフ (@vuSbl8As0klvJhP) September 1, 2024
目的ー手段から離れて「ただ、それがあるだけ」という感覚を味わえる遊びが唯一の聖域だったわけです。しかし、そこにさえも能力化は忍び寄ってきて、「これは何の能力につながっているのですか?」と問う。これは人間を能力化することにあまりに慣れてしまったことを象徴しています。
— スミス@オルタナティブスクールスタッフ (@vuSbl8As0klvJhP) September 1, 2024
加用教授は、人間の尊さを分かっていたのだと思います。だから、能力化によって人間を手段の次元に引き落とすのを良しとしなかった。何かに向かってせかせかしているのが現代です。しかし、人間は手段に還元できるような存在ではないと、教育者は分かっておかなければならない。そう感じる言葉でした。
— スミス@オルタナティブスクールスタッフ (@vuSbl8As0klvJhP) September 1, 2024
幼稚園のとき、登園から降園まで寸暇を惜しんで、泥団子作りをし続けたことがある。1週間ほど。
— 子どもアドボカシー🍀Act for (@adokiminomikata) September 2, 2024
あの無心で砂をかけ続けていた時間はとても貴重だった。
その場その場を楽しむのが一番だと思いますねえ
— ゲレルト@英国雑話とAIイラスト (@erfylist) September 2, 2024
なんかすっきりする返答!ピカピカの泥団子を作った達成感だけでいいでしょ。私も昔、小学校の土俵の土でならきれいな泥団子ができるから作っては下足で乾かしてピカピカの泥団子育ててました。
— カゴの中の鳥。 (@3mama327) September 2, 2024
こういう質問されると、つい相手の土俵に乗って考えちゃうんだよなぁ。「そんなこと考えたくもない」この姿勢が正しい時もあるのだ(自戒)。
— isoo (@isoo_) September 2, 2024
心のままに。
— 通りがかり (@toorigakali) September 2, 2024
それが出来ると人生がとても楽になるし、苦も乗り越えられる。
何にも考え無いで夢中になる事が大事。
— リトボ (@dsLGofKFszCa2ON) September 2, 2024
そこにこれが何に役立つだの、将来こんな仕事に就いたらいいんじゃないかだの言われ出すと途端に面白く無くなる。そう見られてる、質問されるかもと思うと何かしたくてもやっぱやめよ…ってなる。
ちなみにこの加用教授が保育園の子たちと泥だんご作ってるドキュメンタリーを昔
— よよっか (@yxx_f20) September 2, 2024
理科の授業で見たけど
保育園で他の子と上手く打ち解けられなくて保育園に行くのが嫌だったコミュ障の男の子が泥だんご作りをきっかけに保育園に行くのが楽しくなって一生懸命光らせる方法を試行錯誤してたって話だった✨ https://t.co/08ZrKpVd2C