NHK大河ドラマ「どうする家康」は、本能寺の変で織田信長が討たれ、一つのヤマ場を越えた。が、歴史の専門家からのブーイングは高まるばかり。ここまでですら、捨て置けない“史実との乖離”が少なくとも五つもあるのだ。歴史評論家の香原斗志氏が喝破する。
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実のところ、大河ドラマは「ぬえ」のような番組である。登場するのは、大半が日本史上に実在した人物であるにもかかわらず、どこまでが史実で、どこからが脚色で、どの描写がフィクションなのかわかりにくい。NHKの看板番組であるわりには、とらえどころがないのである。
ドキュメンタリーではなくドラマなので、演出が必要なことはいうまでもないが、例年、研究者に時代考証を依頼していることからも、NHKが史実を尊重しようと考えているのは間違いない。事実、「このドラマは、史実を基にしたフィクションです」というテロップは、「いだてん~東京オリムピック噺~」を除いて流れていない。
また、大河ドラマゆかりの地が毎年、観光誘致に躍起になり、実際、観光客が大勢押し寄せることなどから、視聴者の多くも、史実をもとにしたドラマだと認識していると思われる。
とはいえ、史実もまたくせものである。分からないことや見解が分かれることも多く、間違いないと思われていたことが、研究が進展して覆ったりする。
◽歴史書や史料にほとんど目を通していない?
冒頭からすっきりしない話で恐縮だが、落としどころはこんな感じではないのか。史実や最新の研究成果を尊重しつつ、脚本家の解釈も加え、不明の部分には、史実と照らしてリアリティーがある演出を加える。
視聴者が、大河ドラマに歴史が反映されていると思っている以上、言い換えれば、NHKが視聴者にそう思わせている以上、史実に近づける姿勢は、失ってはいけないと思うのである。
その点で、今年の「どうする家康」はサプライズの連続である。脚本家の古沢良太氏はもしかすると、徳川家康に関する過去のドラマや映画、小説はチェックしても、歴史書や史料にはほとんど目を通していないのではないだろうか。
◽否定されていることを史実として描いていいのか
最初にそんな疑いを強く抱いたのは、第4回「清須でどうする!」(1月29日放送)だっただろうか。
桶狭間の戦いから2年を経た永禄5年(1562)。家康(松本潤)は伯父の水野信元(寺島進)に連れられて、織田信長(岡田准一)の居城の清須城(愛知県清須市)を訪れた。そこで家康は、信長と相撲をとったりしたのち、双方の家臣の立ち会いのもと、同盟に調印したのだが、本多隆成氏はこう書いている。
〈これまでの通説では、永禄五年正月に元康(註・家康)は清須城に赴き、信長と会見して盟約を結んだといわれてきた。しかしながら、現在ではそのような「清須同盟」はなかったということで、研究者の間ではほぼ一致している〉(『徳川家康の決断』)
どういうことか。
〈第一に、『信長公記』『三河物語』『松平記』などに、この事実がいっさい記されていないこと、第二に、元康に供奉(ぐぶ)して清須に赴いたとされる武将たちの家譜類にも、そのような記載がみられないことである〉
と本多氏は記す(『定本 徳川家康』)。事実、この時代に同盟を結ぶなどの目的で大名同士が会うとき、その場はそれぞれの領国の境界の地が選ばれるのが一般的で、危険を冒して相手の居城を訪れるのは、まったく現実的ではない。
不明の部分をフィクションで埋め、その結果、新しい家康像が打ち出されるならいい。だが、ドラマを盛り上げるために、否定されていることを、さも史実であるかのように描写したら、史実の家康から離れるばかりではないのか。
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https://www.dailyshincho.jp/article/2023/08280556/?all=1
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