1:名無しさん




2.在外日本人におけるホームランドの再解釈

日系移民の子孫が「日系」としての共通の起源を意識する一方で,北米地域では,多くの 「日本人」が,短期/長期にわたって生活している。このような在外日本人のなかから,家族と ともにホスト社会に定着し,永住・帰化する人々も現れている。アメリカでは,日本からの新 しい移民は「新一世」と呼ばれ,戦前に移住した人々の子孫である日系アメリカ人とは異なる, 独自の下位文化を持つグループと考えられている。さらに,新一世に加えて,日本企業の現地駐 在員とその家族,留学生,ワーキングホリデー(カナダの場合)による滞在者から非合法滞在 者まで,さまざまな長期滞在者が生活している。これらの長期滞在者の多くは,法的には永住 を前提としない「非移民」であり,実際に帰国するものが多いが,一部は永住を選択して「新 一世」となっている。このような日本人長期滞在者にとって,「日本人であること」はどのよう な意味を持っているのであろうか。

名越万里子によるカナダの日本人長期滞在者への調査によると,日本人のカナダへの国際移 動を促した動機は,経済的なものではなく,むしろ社会的なものであったという(名越論文を 参照)。名越のインタビューで移住の動機として挙げられたのは,カナダにおける物理的環境, 精神的な豊かさ,人々の干渉や世間体の拘束からの脱出,教育システムの相違,年齢・性別に よる制約からの脱出などであった。これらは,日本人の国際移動が,経済的格差を前提とした プッシュ=プル要因によるものではないことを示唆している。また,現代の移民研究では,親 族や同郷の友人が作る社会的ネットワークが,移住を誘発することが強調されている。しかし, 筆者が行ったロスアンジェルスの日本人長期滞在者を対象とした調査では,多くの日本人が, 人的ネットワークを介することなく,旅行代理店や留学斡旋業者などのツーリズム産業を媒介に して移動していた。北米への日本人の国際移動を,典型的な移民研究の枠組で説明するのは難 しい。

また,在外日本人にとって「日本人であること」は,拭い去ることができない桎梏として現 れる。名越の調査では,日本人長期滞在者の多くが,日本社会を否定的な言葉で,カナダ社会 について肯定的なイメージで語っている。このような「日本」観は,回答者の実体験にもとづ くものもあるだろうが,むしろカナダで生活する〈現在〉を正当化するべく,否定的に構築さ れたものと考えるべきだろう。これは,回答者たちにとって「日本人であること」が自明であ るにもかかわらず(であるがゆえに),海外生活において,その意味づけを迫られるために生じ る。在外日本人のあいだでは,しばしば,「日本」について,肯定的な意見を持つか,否定的な 意見を持つか,両極端に分かれる傾向があるといわれる。このような「日本」をめぐる過剰な 意識化は,海外生活のなかで自らの出自について反省的に考察する機会が増えた結果,拭い去 れない自らのエスニシティ/ナショナリティとして(再)構築されたものであると考えられる。

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https://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kiyou/17-1/RitsIILCS_17.1pp.137-143Minamikawa.pdf