大学院って「お勉強がんばった人が入って来て『すごくお勉強がんばったねー』と周囲に褒められるところ」じゃないんです。研究が好きで好きで普通に生きてても何かを研究しないではいられない人が来るところなの。その違いがわからん人は大学院とか来ない方がいいです。あとで苦労すると思うんで
— 増田聡 (@smasuda) August 1, 2026
逆にゆうたら「お勉強が嫌いな大学院生」っていっぱいいます(オレもそうでした)。でも研究は止めてもほっといてもするんだよね。繰り返すけどその違いがわからん人にとって大学院は無用の存在です
— 増田聡 (@smasuda) August 1, 2026
あ、理系とかの制度化された狭い範囲の「研究」しかご存じない若い方向けに注釈しとくけど、研究って「論文書くこと」とイコールじゃ全くないからね。わからない物事をわかるようにする営み一般を指して研究と呼ぶのです
— 増田聡 (@smasuda) August 1, 2026
なんかふと普通に書いたことが思いのほかバズってびっくりです。これくらいバズると収益プログラムでまた2万円くらい入ってくるんかな…細かい計算はわからんけど体感的にだいたいクソリプ一つにつき50円から100円って感じかな。週末の馬券代に充てさせていただきます。クソリプありがたいありがたい
— 増田聡 (@smasuda) August 3, 2026
でも論文書いて記録残さないと、研究じゃ無いから。
— Prof. Dr. Science (@Prof_Dr_Science) August 2, 2026
素朴な質問なのですが、人類にとって未知な事柄を解明する活動を行い、かつそれを記録に残さない場合は研究の定義に当てはまらないという事でしょうか?
— 📚漫画の妖精まさふJI (@Fairy_of_Manga) August 3, 2026
はい。得られる知を他者と共有できておらず、それは研究費という名の税金を含む資源の無駄遣いです。もっとも恥ずべき行為です。
— Prof. Dr. Science (@Prof_Dr_Science) August 3, 2026
研究の定義はそれでもいいかもしれないけど、研究のために外部からお金をもらうなら、論文など目に見える成果は必要じゃないですかね。
— sci_love (@sci_love23951) August 3, 2026
あと、自己満足ではない人類の知の発展を考えるなら、成果を共有する必要はあるし。
どなたかか存じ上げませんが、「理系とか制度化された狭い範囲の『研究』」を一度でもしたら、その様な軽はずみな発言はしないと思いますよ。
— maroon🐈⬛cat (@cat_maroon) August 3, 2026
私は理系大学院で、研究は論文にして公開しないと意味ないって学びました。それが狭い範囲とは知らなかったんですが、それ以外の研究って具体的に何を指すんですか?
— ゆかり (@yuka_yukari_p) August 1, 2026
いや、やっぱり論文書かなきゃだめでしょう。
— 藤本憲正 (Fujimoto Norimasa) (@fujinorioui) August 3, 2026
趣味なら好きにすればいいけどね
— SabaIwashi (@lovePetitforeve) August 3, 2026
研究の意味は分かりますが、それだと単なるお遊びであり、大学でなくてもできます。
— サッカーおやじ (@kXRc8VhL1860429) August 3, 2026
論文を仕上げるところまでいって、学生の教育や社会への還元を果たしていると思います。
国のお金で研究をしているのですから、論文を書いて報告するのは当然のことです。
わざわざ他分野を腐してまで身勝手なクセの強い主張を振りかざす老害の典型では。
— non (@image_non) August 3, 2026
だとしたら標準修業年限とか研究指導とか言わないでくれますか。もしそんな大学院が堅苦しくて嫌なら公共機関を離れて1人で弟子でも取ったら良いのではないでしょうか。教育機関としての責任をどうお考えですか。
— なにがし (@nanigashi000000) August 2, 2026
好奇心のアンテナの密度が変わります。
— 倉谷歩 (@D31Qtbh4IbUFSev) August 2, 2026
そして知ろうとする試みがいつのまにか体系化されており、アウトプットが無くても頭に蓄積されるもんです。
なんで本邦は論文書かないのを事あるごとに正当化するようになっちゃったのかね。なんなら書かないほうが偉いまで感じる https://t.co/lMTnUMP6Kx
— Takami Sato (@tkm2261) August 3, 2026
文系は博士取れずに教授になった人がいっぱいいて、
— EITAROx (@eitarox) August 3, 2026
その教育体系を正当化するためにねじれちゃったんじゃないですか?
ある世代までだし、どちらかというと博士を取らずに職位につくことがまぁまぁできた、という方が一般的な気がします。50代後半の先生以降はほとんど博士持ってる気がしますね。
— 海辺のからす (@Azaqpzyn) August 3, 2026
ここで誤解してはいけないのは、研究はなんらかの形で刊行して初めて意味を持つということです。生涯かけて研究して一冊の書物を書くのでもかまいません。とにかく刊行して人々の目に触れない限り、それは少なくともプロの研究者の研究とは言えない https://t.co/Kik7eYE8Fw
— あ〜る菊池誠(反緊縮)公式 (@kikumaco) August 2, 2026
なーんだ、文系の方でしたか。 https://t.co/ePznJausGa
— malum (@jNkif3uTQa86516) August 3, 2026
これは実感としてよく分かるんだよね。アウトプットは論文に限らない。思想や哲学やるならなおさら。査読論文だけが評価される分野ではないということでしょ https://t.co/NBMb320i4V
— 光の中から現れた短期決戦の鬼和田豊 (@tamio0524) August 3, 2026
大学院で内省し、研究を深めた結果として最後に修士論文や博士論文書ければいいしね(最悪、途中退学でも自分がそれでいいならいい)。自己満足と言われるのかもしれないが…研究にそういう側面があることは否定できないでしょ。全員が査読論文や社会実装、マネタイズ目指すだけなのもおかしくないか
— 光の中から現れた短期決戦の鬼和田豊 (@tamio0524) August 3, 2026
むしろ、人文系の大学院は、そういう欲望や希望をもった社会人や大人の院生をもっと受け入れなければいけないんだろう。哲学や思想、歴史学(特に日本の地域史)の研究は、そういったところから広がっていくんじゃないのかねえ。
— 光の中から現れた短期決戦の鬼和田豊 (@tamio0524) August 3, 2026
イギリスの1年だけ促成マスターとは逆の発想で、3~4年かけてゆっくりマスターを取るイメージ(その分学費は安めに、時間をかけて考えてもらうという感じ)
— 光の中から現れた短期決戦の鬼和田豊 (@tamio0524) August 3, 2026
研究をそこまで広く定義した瞬間、「研究せずにはいられない特別な人だけが大学院に来る」という最初の話は、自分で崩していませんか https://t.co/D0tfuLDILp
— 楊顥/ Yang Hao/ヨウコウ (@yanghao777) August 2, 2026
こういう無理クリ定義を広げて仕事しない免罪符にしてる奴
— 東京剣士 (@Tokyo_Iai) August 2, 2026
どこにでもいるよな https://t.co/bjhxTGOlr4

