「道頓堀から“大阪人”が消えた」 インバウンド急増の陰で進む「芝居の街」の終焉…大阪屈指の歓楽街に今起こっていること
■なぜ外国人は道頓堀にやってくるのか
そんな街に再び人がやってくるようになったのが、2014~15年頃のビザ発給要件緩和やLCC就航ラッシュと重なる「インバウンドの急増」である。
コロナ禍による中断を経て、2025年には来日観光客数が4200万人を突破し、来阪外国人観光客数も1760万人と過去最高を更新。今や道頓堀は、道幅10mほど、長さ約550mの間に1日に4万~5万人、年間約3000万人もの観光客がひしめくエリアとなった。
なぜここまで外国人にウケるのか。
一番に挙げられるのは飲食店の多さだ。難波や千日前を含めると、あらゆるジャンルの料理が食べられるといっても過言ではない。そして、歩行者専用エリアなので回遊性が高く、食べ歩きでも自動車の通行を気にする必要はない。
グリコのネオンサイン、かに道楽や金龍ラーメンのオブジェ、後述する「くいだおれ太郎」など「SNS映えスポット」も多く、夜遅くまで開いている店も多い。
さらに、心斎橋筋商店街や高級ブランドショップがならぶ御堂筋、「大阪の秋葉原」とも呼ばれる日本橋商店街も近く、ショッピングのついでに立ち寄ることができる。
つまり、「見物」「食」「買い物」といった要素が凝縮され、時間をかけずに大阪らしさを満喫できるのが道頓堀なのだ。
では、実際に道頓堀を歩いて、街の現状を観察してみよう。
大阪松竹座から少し東に歩けば戎橋筋商店街。道頓堀に架かっているのが戎橋だ。かつてのナンパ男子の姿はなく、代わりに増えたのが、橋の上でグリコの広告看板を背にして、両手と片足を上げる観光客のポーズである。
派手なオブジェ看板の走りである「かに道楽」の向かい、TSUTAYAとマツモトキヨシのビルの隙間に、石碑と説明板がひっそりと設けられている。ここは1684年に竹本義太夫が開いた人形浄瑠璃の「竹本座」であり、のちに「浪花座」となった場所の跡地だ(2002年閉館)。
■名物だった「くいだおれ太郎」の現在
そこから少し歩くと、喜劇王・藤山寛美を擁した松竹新喜劇の本拠地「中座」の跡地に行き着く。現在は飲食店やドラッグストアが入る複合施設「中座くいだおれビル」に変わった。
2008年に惜しまれつつ閉店した食堂ビル「くいだおれ」の看板人形「くいだおれ太郎」は、2009年からこのビルに移設。すっかりインバウンド向けの撮影スポットとして生き残っている。
周辺の店舗も、射的やたこ焼き、焼き肉店が大半を占め、ドラッグストアも目につく。さらに進めば「角座」の跡地も2021年からはホテルが入居するビルに変わっている。
かつて文化を発信した劇場跡地の多くが、わかりやすい消費空間へと姿を変えているのだ。
歩を進め、相合橋筋商店街を過ぎたあたりから、街の雰囲気はまた少し変わる。人通りが若干少なくなるものの、明らかにアジア系資本が経営しているであろう店舗が増えているのだ。
道頓堀筋の東側エリアは、コロナ禍で地元の店が経営に行き詰まった空きテナントに、外国資本が一気に参入してきたという。長年営業してきた地元の個人店が高額なテナント料に耐えきれず撤退し、資金力のある外資が入り込んでいる構図だ。
江戸時代創業の関東煮(おでん)の老舗「たこ梅」の周辺にも、東南アジアや東アジアテイストの店構えが増え、道路に大きくはみ出して商品を陳列するなどの問題点も指摘されているという。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ca1ac8a4d3a1381cc8578e2ae73b59aec793f476
■「昔に戻せない」街が直面する、過度な観光依存のリスク
「昔の情緒がなくなった」と嘆く声は多い。道頓堀も千日前も難波も、もっとチープで人間臭い場所だった。けしてきれいでもないし、整備もされていなかったが、梅田とは違う魅力が感じられた。
しかし、ミナミや道頓堀のみならず大阪全体が衰退傾向にあったのは、まぎれもない事実だ。もはやインバウンド抜きで現在のにぎわいはありえない。地元も「大阪ミナミ・道頓堀オーバーツーリズム対策推進協議会」を設立し、国内外を問わない共存を前提とした対策を講じている。
だが、「国内外の共存」というスローガンで、街の未来は担保されるのだろうか。観光消費に大きく比重を置いた現在の道頓堀は、極めて脆弱な経済構造に陥っているように見える。もし次のパンデミックが起きたり、為替や国際情勢の変化でインバウンドが消失したりしたとき、この街には何が残るのか。
「もはや、昔に戻すことはできない」「あの頃はよかったというノスタルジーに頼らない」という自覚が必要なのは間違いない。だが同時に、行きすぎた観光依存がもたらす「都市経営の大きなリスク」に、真正面から向き合うべきときが来ているような気がする。
梅田と阿倍野に集中して南が空洞化してるんだよな。
普通に多いが
外人も日本人もナンパ師も
暑いんだから家でゆっくりしろよ
残念ながら、普通の地元民は梅田か天王寺に行ってる
難波も心斎橋も行かんな
乗り換えすら避けるわ
阪神優勝したら嫌でも集まるだろ
2000年代のミナミはワイの青春だった
芝居が外人にウケてないだけだろ?
外人のせいにすなよ
ひっかけ橋でしょっちゅうナンパしてたわ
梅田のヨドバシも外人ばっかだったわ
どんなに恋焦がれても昭和の情緒はもう味わえんよ
諦めろ
今更、もうずっと大阪の人間は難波に行かないよ
近所住みだけどいちいちミナミに行く理由がないわ 前ほどチャイナは居ない
90年代に戻してくれ
道頓堀なんてもはやインバウンド相手にしたような店しかないやん
しかも美味しけりゃまだ入ってやらんこともないが業務用冷凍食材のものばっかり
千日前はまだ昔の感じがあるけど難波は変わったなぁ
久しぶりに八坂神社行ったけど難波駅から大国町までの間、外人しかいなかったわ
昔たくさんいた年寄りと売れない芸人はどこに消えたんだ
ポケセンとポケモンカフェとカービィカフェに行くとき以外用のない街になっちゃった
昼間通ったら日本人ほとんどおらん
浅草は東京人だらけなんでっかw
大阪人だが道頓堀はもう20年以上行ってないわ
道頓堀に大して地元民がいないのは昔から
インバウンドあたりから激混みしだしただけで、それまでも大して混んでるわけでもなかったわけで
浅草の猿若三座は今は跡形もないけど
浅草公会堂で正月に若手の歌舞伎をやってるし
中村勘三郎一門は時々浅草寺裏の空き地に仮設劇場を作って歌舞伎をやってる
道頓堀と戎橋筋商店街はもはやインバウンド専用エリア
もともと観光地で地元民は少なくね?
周辺の心斎橋や難波は大阪人普通にいるし天王寺なんかは地元民だらけだから道頓堀にわざわざ行かないって感じなんだろうけど
大阪に限らず観光客に乗っ取られた地域はどこにでもあると思うし何故大阪だけを取り上げる?
いうて元々あの辺りはゴリゴリの観光地だし地元民そんなにおらんよ
行く理由が無いし
大阪にはよく行くが ミナミはほとんど行った事がない
だいたい梅田近辺で事足りる
ネット社会になって瞬時で情報共有されて世界中の流行が平均化しつつあるからな
ここの店が美味しいだの景色がいいだのSNSで晒されて世界中から観光客が押し寄せて一気に町の風情も市民生活も破壊されていく

