チェコスロバキアあたりから来た研究者に「つくばorソ連クイズ」を出してみたことがあります。最初は何言ってんだコイツみたいな顔をしていたのですが、一度出題すると「日本でもコミュニストが政権を取っていたことがあるのか?」と驚いていました。 https://t.co/t2xYS3MnNM
— TCN (@TCN_Kyoto_TPU) May 22, 2026
フルシチョフカ(ロシア語: хрущёвка; IPA: [xrʊˈɕːɵfkə])とは、1960年代のソビエト連邦で政府によって建設された集合住宅の通称(「ピャチエターシュカ(邦訳:5階建て)」や「フルシチョーヴィ(邦訳:フルシチョフの貧民窟)」とも呼称されている)であり、正式名称は「1-515/5アパート」である。低コストで、パネル工法あるいはレンガで作られており、3階から5階建てである。建設にはその名前にある通り、ニキータ・フルシチョフが監督している。
最初に柱を立てた後、クレーンの代わりに油圧ジャッキを用い、屋根、上層階、下層階の順に持ち上げて付け足してゆく工法が開発された。
歴史
伝統的な建築手法である組積造は人手が多く必要であるため、建設に時間がかかり、人口密集地である都市の住宅需要に合わせて建設することができなかった。深刻な住宅不足を改善するために、ソ連の建築家たちは、1947年から1951年の間に低コスト化と完成に要する時間の短縮を行おうとしてさまざまな技術を追求した。1951年1月、フルシチョフが監督していた建築家の会議が、低コストで短期間で建設可能な技術の確立がソ連の建築家の目標だと宣言した。
1953年から翌年にかけて2か所のコンクリート工場がモスクワに設置された(1953年にプレスネンスキー、1954年にホロシェフスキー)。この頃までには、試験的なデザインが実際に建設されて比較検討され、コンクリートパネルによるプレハブ工法が優れていると見做された。他の方法(現場で生コンクリートを使う、民間の低層建設を奨励する)は放棄された。
1954年から1961年にかけて、1956年以来モスクワの都市計画の責任者を務めていた技術者のヴィタリー・ラグチェンコが、コンクリートパネル工場と短期間での建設に裏打ちされた、大規模で工業化された工法を編み出し、実験した。1961年にラグチェンコの研究所は、フルシチョフカの典型例となる、プレハブ5階建ての建物「K-7」のデザインを発表した。1961年から1968年にかけて、64,000ユニット(3,000,000 m2)もの本様式の建物がモスクワで建設された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%95%E3%82%AB
チェコスロバキアだった時の人と会ったのかチェコスロバキア時代に会ったのかでもまたこのツイートの旨味が変わってくる
— どこ伯🌽☄️ (@dragonsandholo) May 23, 2026
日本の公団住宅のモデルがソ連のフルシチョカ建築様式からなので、左下にカブがあって初めて日本と判定出来る奴
— 呂宋兄弟@VIPツクスレ民 (@luzon_brothers) May 23, 2026
なのでサバゲーマーが撮った写真におふざけでフィルターと偽の日付付けた写真が「とうとうサラエヴォの闘いの一幕として現地の戦史サイトに載ってしまった」と頭抱えていました
この頃は本当の人工都市だったからなあ。
— ただの老ヲタ (@AkihalH) May 23, 2026
まあ、当時の公営団地(都営、区営、市営、県営)は似た様なもんでしたよ。
人が住んで20年30年経て垢が付いてくると個性が出てくる。
「最も成功した資本主義国にして、最も成功した社会主義国」と言われていたそうなので…
— korokon_46 (@korokon_urban) May 23, 2026
こういうのが最先端かつ平等の理想を体現していると思われてた時期があったんだろね
— てっぺいちゃん (@hotoke1979) May 23, 2026
秘境グンマーに対抗できる、イヴァラキ連邦のツクヴァ
— gorias daigorou (@GoriasD97936) May 23, 2026
ですね
ロシア人が日本に来て驚くこと。「共産党が違法じゃない」
— ussy@DIY大家 (@ussy_cat) May 23, 2026
ペーパープリーズで見た世界だ…
— コーヒー (@tired_coffee233) May 23, 2026
マル経やってる財務省に悪業の限りを尽くされているあたりはソ連っぽいかも。
— 65022a03 (@KawaT65022a03) May 23, 2026
コミュニストの巣窟だった学校を東京から追い出して作ろうとした街というのがまた……
— 独学マン (@3s7Pdk2L5r8889) May 24, 2026
チェコスロバキアがあるころを経験している世代の方でしたか
— QmQ (@gejiqmq) May 23, 2026
(このころの筑波大学はアンチコミュニストがとりしきっていたようですが、アンチコミュニストとコミュニストの住宅についての理想は同じだったのでしょうね。M)
— 物理気候学研究室 (立正大学) (@phys_clim_ris) May 23, 2026
そもそも共産党の巣と言われた東京教育大学を政治圧力によって解体してつくった大学ですからね。
— あきら🎸 (@AkiraShokotan) May 23, 2026
>日本でもコミュニストが政権を取っていたことがあるのか?
— 華城 律 (@hanashiro_ritsu) May 23, 2026
ありまーす
総理大臣 片山哲
内務大臣 片山哲
大蔵大臣 片山哲
司法大臣 片山哲
文部大臣 片山哲
厚生大臣 片山哲
農林大臣 片山哲
商工大臣 片山哲
運輸大臣 片山哲
逓信大臣 片山哲
物価庁長官 片山哲
片山哲は社会主義者でしたけど、コミュニストではないですよ
— みず (@7A5g7) May 23, 2026
反共的な性格の強い社会党右派で後に社会党を抜けて民社党に参加してます
あの人は社会主義者だけど共産主義者ではない
— るの (@vivi_runo) May 23, 2026
住宅公団はソ連に視察団送ってたくらいにはフルシチョフカはじめソ連式団地づくりに影響受けてたらしい https://t.co/bG6u7QbE1j
— 指数 (@q_h4k) May 23, 2026
昭和40年代~50年代のニュータウンはどこも旧共産圏の計画都市っぽい https://t.co/tWFKc6db7Q
— Randy Ready (@Jack_Spike) May 23, 2026
筑波研究学園都市は田中角栄氏の肝いりであったかと…
— bristlecorkscrew💉P💉P+💉M boosted (@bristlecorkscr1) May 23, 2026
ソ連のシベリアにある人工都市アカデムゴロドクに習って作ったそうでhttps://t.co/acrfc5uCzk#田中角栄 #筑波研究学園都市 #アカデムゴロドク https://t.co/O7srEo6aft pic.twitter.com/bsqRazGMma
計画都市だもんな https://t.co/cjH0xbgzm9
— ニソ卜“ーらシ (@kuri65300375) May 23, 2026
「研究目的以外の余計なモノは必要ない」みたいな考え方をすれば、おのずと共産主義的な機能美と無機質でモノトーンな都市計画になるわな…… https://t.co/Yp5wXnPonH
— ヨッキーキロキロ@家なき子2026巣立ち (@yokikirock) May 23, 2026

