数年前から、ポピュラーカルチャーにおけるポリコレ汚染を問題にレポートを書こうとする学生が出てきて、そのたびに言うのが「作品が気に食わない理由を仮構したイデオロギーで説明するのではなく、その作品そのものから語ってみろ」というもの。そして実際そうすると「ポリコレが~」とかにはならない
— Ryo Hayashi(林 凌) (@HR67579657) September 20, 2025
新作「スーパーマン」へのポリコレ批判は筋違い 大コケ「白雪姫」とは違う、保守派が知らないスーパーヒーローの「原点」とは?
新たな『スーパーマン』映画は、ポリコレの押し付けなのか? 7月11日の全世界公開前から、お膝元のアメリカでは、一部の間で論議が起きている。
ジェームズ・ガン(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』三部作、『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』)が監督、これまでほぼ無名だったデビッド・コレンスウェットが主演に抜擢された『スーパーマン』は、ガンとピーター・サフランの元で再スタートを切る新生DCユニバースの第一弾だ。
今後控える数々のDCスーパーヒーロー映画の未来を背負う重要な作品で、なんとしても大ヒットさせたいところである。主演女優の発言で公開前から反感を持たれたライブアクション版『白雪姫』の二の舞になるようなことは、絶対にしたくない。
にもかかわらず、政治の要素が入ってきてしまったのだ。
https://toyokeizai.net/articles/-/890083
作品分析の視座がないから、よくわからんブラックボックスである、イデオロギー的言語にすべての説明をぶん投げようとするわけで、その意味でメディア・リテラシーには人文知が必要不可欠。最近、コンテンツ分析が授業で重要だな、と思っているのは、イデオロギーの時代になってきてるからなんですよね
— Ryo Hayashi(林 凌) (@HR67579657) September 20, 2025
他方で大学で教えている限りにおいては、水面下で色々蠢いてはいるし、ひどいエピソードも見聞きするが、まだ決定的な転回点は迎えていないようにも思い、こうした話ばっかしても空回りだな~というところもある。なので、実際には作品分析はメディア研究に必要だ、という立ち位置を示すにとどまる。
— Ryo Hayashi(林 凌) (@HR67579657) September 20, 2025
ちなみに付言しておくと、こういうレポートテーマ選ぶ人ってむしろ優秀・意欲がある人のことが多いんですよね(点数取りたいだけなら無難なテーマ選べばいいだけだし)。自分も昔碌でもないテーマでレポートを書いて怒られたことを踏まえると、こういう人をいかに指導するかは永遠の課題です。
— Ryo Hayashi(林 凌) (@HR67579657) September 20, 2025
史学、文学の観点からすれば歴史書や翻訳書、逸話を元にした神話を含む創作にイデオロギーが含まれていない訳ないだろ、と指導されたことをふと思い出しました
— 鶴見緑地 (@cvtYd5A8AUYUqJV) September 20, 2025
作品をポリコレについて語る材料にするのではなく、まず作品を語れということですね。よく分かります。ポリコレについてレポートを書く機会なんて他にいくらでもあるのだから別に言論封鎖でも何でもないと思います。
— けけらびゃう (@hukekera) September 21, 2025
そりゃ暗に「そのテーマ変えて書け」と言ってるわけだから(ポリコレ汚染をその作品の解説に変えさせてる)同じもの書けるわけないじゃんという話
— ハイドランダー鈴風 (@hydelander315) September 21, 2025
永遠の課題と言いつつやってる事が「そのテーマを書かせない」なら課題もクソもないかと。「嫌いなテーマはそうやって逸らし続けるだけ」だから
気に食わないレポートを書かせないのはパワハラ
— ぽてむきん (@yadamon11) September 21, 2025
指導前後のレポート見てないし学術的な視点も持たないけど、優秀寄りな学生なら指導教官から評価がもらえないと分かったらポリコレ汚染という論旨は控えるのではなかろうかと思ってしまった
— にーだも (@bucapha) September 20, 2025
では作品が複数、無数にあった場合はどうなんですか?その傾向を語ることは無駄ではないと思うのですが
— 品川ホヤマン (@rituzen) September 21, 2025
言い訳が長い
— 不良在庫 (@drxi5280) September 21, 2025
あなたが生徒の思想を理由にレポートに低評価をつけているだけの話
話としてはそれでいいんですが、教職としては大いに問題ありと思います
学部生のレポートレベルならもっと自由にアプローチさせてあげても良いのに。
— マコ@ Nintendo Switch2おもろい (@hinamaturi5333) September 21, 2025
そりゃ
— mkawa@アメリカ在住 褒める社会推進派 (@tomas9922) September 21, 2025
提出先の先生に
ポリコレ以外のテーマで
と指定されたら他のテーマ見つけるに決まっていると思います
やる気のある優秀な学生だからポリコレを問題視するのに、その芽を摘んでいる訳ですね
ポリコレ問題はもはや検閲史の一部では。「戦時下における文学作品に対する検閲」なんてテーマで書こうとしても同じこと言うのかな?
— えび (@hummer76fu) September 21, 2025
自分は新自由主義というイデオロギーをキーワードとしてバンバン使うくせに、気に入らない対象は指導教官の圧で封じるってこれアカハラっぽいんですけど?
— 🇸🇮jabuka (@Jabuko202406) September 21, 2025
仮説を立てデータを集め検証しレポートするのは学問の基本姿勢で「この作品が好まれない(人気がない)のはなぜか」の仮説としてポリコレ汚染を取り上げるのは何もおかしなことではないと思いますよ。イグ・ノーベル賞の常連、日本の学者なら柔らか頭を期待したいですね。
— Nosu (らきのす) (@luckynosu) September 21, 2025
その理屈だと『真昼の決闘』に赤狩りを読むのは間違いということになるが。 https://t.co/e8qJ10qQeF
— Mock_Hatter (@Mock_Hatter) September 22, 2025
個々の作品の分析は当然ではある。特定の作品からのみ「ポリコレ汚染」を論じるのは問題。
— Mock_Hatter (@Mock_Hatter) September 22, 2025
しかし、複数の同時代の作品群、似たテーマの作品群の通時的な比較があるなら十分に論じ得る。
なにより「作品が気に食わない」と学生の心情を決めつけるのは、どうか。
なぜこれが批判されるかと言えば
— なつふね。 (@natsufune_c) September 22, 2025
>そして実際そうすると「ポリコレが~」とかにはならない
の一文に方法論を逸脱した指導者本人のイデオロギーを感じてしまうからではないか
あとは、生徒側の忖度という視点がないため https://t.co/DhiqqXqty1
これに対するリプライをみてもそもそも反ポリコレ派って読解力がないよね、と思う。批判の要点はポリコレがあるかどうかではなくて、学生では確認のしようがない作品の外部事情を考慮するレポートには問題があるということなんだけど。個別作品について調べようがないでしょ、そんなの。 https://t.co/RCCY6ZCsvT
— Project_Amaterasu (@ProjectAmatera1) September 22, 2025
久しぶりに忖度という言葉を思い出した
— なつふね。 (@natsufune_c) September 22, 2025
大学の教授とは小さな社会の権力者なわけで
イデオロギーの時代の最先端を行っているのは誰なのか…という https://t.co/DhiqqXqty1
「気に入らない意見を述べる学生に対して意見を封殺しています」っていう教育側からの宣言ですね、これ https://t.co/hjCyYnXv5g
— 風早比古命(犬一坐/無格) (@T_Kazahaya) September 22, 2025