1:名無しさん




2章 経済一流・政治三流の日本国

(1)アメリカン・エリートの実態

――なぜ米議員は、日本人ビジネスマン顔負けの働き者なのか

松下幸之助氏に圧倒されて政経塾へ

一九八四年四月から、私は国家公務員としての生活をすることになっていました。それを辞して、政治の世界に入るようになったのは、松下幸之助さんにお会いしたからでした。

軽い気持ちで受けた松下政経塾の最終試験の面接で、さほど意識せずに松下幸之助さんに向かい合ったその瞬間、眼鏡の奥の鋭い眼光が私を射るように突き刺し、私の体は金縛りにあったようになりました。痩せた、小さなおじいさんなのに、奥から正体不明のパワーが出ていて、射すくめられるというのは、ああいうことを言うのでしょう。

二、三〇分の面接時間の間、他の四人の面接官にはさまれた松下さんは、私の作文を見たり、「あんた五年間辛抱できるか」とおっしゃって、私の目をじーっとにらみつけます。私はその眼光の鋭さに、冷汗がタラタラ出て、舌がもつれて話せなくなってしまいました。

「これまで人前でしゃべることには、けっこう慣れていたはずなのに、このおじいさんに目を見られただけで、なぜものが言えなくなるのだろう。ぜひ、このおじいさんの人間的なパワーの秘密を知りたい、そばでずっと見ていたい」と、私は強く思いました。あとから、職員に、「相談役が見るのは、運のよさそうな顔をしている人物か、愛嬌のある顔をしている人物かだけです。学力や体力は第二次試験までに見ているはずだから」と聞かされました。

以来、松下幸之助さんは私の人生の師となりました。

私は、当時、政治のことはあまりわかっていませんでしたが、この人の考えていることは絶対に正しいと思い始めました。この人の見通したとおりに、私たちの時代をやっていけば、きっともっと素敵な世の中になるはずだ、私はそのための一つの駒になろうと決心しました。

松下さんの言うことは過激で、

「お前ら一四人採ったけども、この中で一人か二人ものになったらええんや。あとは捨て石や」

と。一応大学を出て、高級官僚への道を蹴ってきた私のプライドは、この言葉でグシャグシャに崩れてしまいました。