1:名無しさん


 


 
日本では古くから、山の神様、田んぼの神様、トイレの神様(厠神 かわやがみ)、台所の神様(かまど神)など、米粒の中にも神様がいると考えられてきた。少なくとも古墳時代には、現在の神社につながる自然崇拝の痕跡がある事が明らかになっていると考えられている。
 
18世紀の国学者、本居宣長は『古事記伝』で「八百万は、数の多き至極を云(いへ)り」と解釈している。 『古事記』では天照大御神が天岩戸に隠れて世界から光が失われた際に八百万の神が集まって相談したという記述がある。『延喜式』の『六月晦大祓』には、八百万の神が相談して皇孫が豊葦原ノ瑞穂ノ国を治めるように決定したと書いてある。
 
神道は、すべてのものが精神的な性質(人格があるか、擬人化された魂、霊等)を持つと信じるアニミズムの特徴を保持してきたとされる場合がある。動植物やその他の事物に人格的な霊魂、霊神が宿るとするアニミズムは、非人格的な超常現象、超自然的な呪力を崇拝するマナイズム(呪力崇拝)とは区別される。アニミズムはすべてのものに魂があると主張するのに対し、物活論はすべてのものが生きていると主張する。一方で本居宣長は神には御霊があるものと霊ではなく自然体の「かしこさ」を神格化したものの二つを挙げている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E_(%E7%A5%9E%E9%81%93)