私の実家は石川県の七尾市にあり、もう誰も住んでいないのですが、市内の介護施設にいる母親の面会に行く為、年末年始は実家に帰る事が多いのです。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
元旦の日、母親の面会を終え、実家に戻って休んでいる時、能登半島地震の直撃をくらいました。
築70年の木造の私の家はあっという間に押し潰され、(続)
私は倒壊家屋の下敷きになりました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
巨大な2つの梁が私の身体の上に乗り、一本は右脚を強く締め付け、激痛を感じ、一本は私の胸から顔にかけて覆う様に乗り、それが時間が経つごとに沈んで来て、私を押し潰そうとしました。在らん限りの声で助けを呼びましたが、津波警報が出た為、近隣の方達は(続)
皆、避難し、人の気配は感じられなくなりました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
もしこのままの状態で津波が来たら……。
火災が出たら……。
助けが来なかったら数時間で梁に押し潰される……。
何度も死を覚悟しましたが、それでも私は力を振り絞って「助けて、助けて」と叫び続けていました。
実家から車で1時間くらいの所に(続)
妹夫婦が住んでおり、妹が「兄がいるはずです」と警察に通報してくれました。妹の所には私の実家の近隣の方が家が潰れたと連絡してくれたようです。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
津波警報が解除された後、警察が私の家の様子を見に来ると潰れた家屋の中から助けを求める声が聞こえたので消防隊に通報してくれて、消防隊の方が(続)
救助に来てくれました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
完全にペシャンコになっている家屋の屋根の一部を壊し、そこから中へ入って来てくれた様です。「お父さん大丈夫ですか?」
「お父さん頑張りましょう!」と言ったり、私の手を強く握って私の意識を確認してくれました。
私の上に乗った梁はあまりに重く、応援のメンバーを(続)
呼ばれた様ですが、それでも梁は動かず、ノコギリで梁を切り、一本の梁を半分にする事で私の上半身は自由になり、その自由になった上半身を引っ張って、もう一本の梁の下から抜き出してくれました。かなり時間をかけてこれらの事をしていただきました。瓦礫になった家屋からなんとか救出され(続)
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
消防隊の方に「今、何時ですか?」と聞くと7時半ですねと答えてくれました。私は約3時間半、瓦礫の下敷きになっていたのでした。「七尾の街はどうですか?」と尋ねると「……酷いもんですよ」との答えが帰って来ました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
私の身体は奇跡的にほぼ無傷でした。でもそのまま救急車で搬送され、市内の(続)
大きな病院に運ばれました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
病院は電気は来ているのですが、断水しており、暖房も止まっていました。
消防隊の方が気付にとくれたペットボトルの水があり、それで軽く口をゆすぎましたが、一晩中、口の中が細かい砂でしゃりしゃりしてました。(続)
私の身体は見た目はほぼ無傷なのですが、長時間強く脚が圧迫された為、脚の筋肉の細胞が一部壊れた様で、治療の為8日間は24時間ずっと点滴を打っていました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
病室にはTVが設置してあり、ずっと石川県の地震のニュースをやっていました。
瓦礫の下で死ぬ思いをしても涙一つ出なかった私ですが(続)
お身内が倒壊家屋の下敷きになって亡くなった事を涙ながらに語る映像を見るたびに涙が止まらなくなり、私は物凄い偶然と奇跡の集合によって生かされたんだなと、強く思わざるを得ませんでした。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
避難所で避難生活を送る方々は満足な食事も取れず、トイレにも困り、寒さに震えているとの事で、(続)
3度の食事やトイレ、暖房は止まっていても温かい布団にくるまって眠れる事が何となく肩身の狭い思いを感じました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
そして避難生活所にコロナやインフルが広がりつつあるとの事で、担当医から相談を受けました。
もし歩ける様になったら東京に戻って、自宅療養をしながら、行きつけの病院で治療を(続)
続けてくれないかと言われ、私は全然かまいませんと返事をしました。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
そして私は昨日東京へ戻ってきました。
東京での治療は経過良好で、リハビリを続けつつ、自宅で療養すれば、まもなく以前と変わらない生活が送れる様になるでしょう。(続)
今回の震災でお亡くなりになられた方には心からお悔やみ申し上げます。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 10, 2024
そして地元で苦しみと戦っておられる方、見えない明日にもがいておられる方々、日本中の大勢の方が応援しています。
頑張りましょう。不安な方は周りの方と手を取り合いましょう。今は希望が見えなくても、必ず近くあると信じて。
お母様はご無事でいらしてるでしょうか?
— R (@l7liq) January 10, 2024
お大事になさって下さい
母も無事です。
— 阿部能丸 (@noumaruisgod) January 11, 2024
ありがとうございます。
読んでて涙が出てきました。
— ニャウだ (@yurikoumino) January 10, 2024
3時間、瓦礫の下敷きで無傷なのに長い時間治療しないといけないんだ…
— Boo! (@1iiiur) January 10, 2024
でも命があってよかったです。お疲れ様でした、大変でしたね🥺
どれだけの恐怖だったか同じ体験をした自分には痛いほどわかります。
— Dina (@liix_977) January 10, 2024
ご無事で良かった。
とても言葉にし難い壮絶な体験されましたね、、、
— G0LD ⚡️L1GHTNING⚡️ (@GoldsaintAeolia) January 11, 2024