1:名無しさん




戦争絶滅受合法案(せんそうぜつめつうけあいほうあん)とは、日本の評論家・長谷川如是閑が論壇誌『我等』(1919年創刊)1929年1月号巻頭言にて紹介した戦争根絶に向けた提案。当時デンマーク・コペンハーゲンに在住していたフリッツ・ホルム(デンマーク語版、英語版)「陸軍大将」が考案した条文を和訳したもので、紹介者である長谷川は「確かに名案」と評している。

内容

戦争行為の開始後または宣戦布告の効力が生じた後、10時間以内に、以下の各項目いずれかに該当する者全員を最下級の兵卒として召集。出来るだけ早急にこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わせるべきとしている。

・君主や大統領を含めた元首で男性
・元首の16歳以上の男性親族
・首相、大臣、次官
・開戦に反対しなかった男性の国会議員及び高位聖職者

上記該当者は本人の年齢や健康状態などを考慮に入れてはならず、健康状態については召集後軍医官の検査を受けるべきとした。また、上記該当者の妻や娘、姉妹なども戦争継続中、看護師や使役婦として召集、最も砲火に接近した野戦病院に勤務させるべきと述べている。

原著者のフリッツ・ホルムについては、長谷川の記載や、邦文で紹介したものでは「デンマークの陸軍大将」であるとされている。アメリカの雑誌『THE U.F.A』1928年Vol.25に掲載された際には「a Danish officer(デンマーク人の将校)」と紹介されている。

実際のホルムは、中国にあった大秦景教流行中国碑を、中国政府の許諾を得ずに大英博物館などに売却しようとし、それが失敗すると碑のレプリカを売却していた冒険家であり、姓の前に「フォン」を冠すなど、多くの貴族称号を詐称していた。さらにモンテネグロ王国のコラキン公爵、次いで公であり、陸軍大将であると自称していたが、当時モンテネグロはユーゴスラビア王国に併合されており、王国は亡命政府となっていた。これらのホルムの自称した称号について公的に確認が取れたものはない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E4%BA%89%E7%B5%B6%E6%BB%85%E5%8F%97%E5%90%88%E6%B3%95%E6%A1%88