落語の世界も「傷つく人ないように」…セリフ変更や改作、現代にふさわしい表現模索の動き
江戸時代に生まれた落語の世界で近年、現代の感覚にふさわしい表現を模索する動きが起きつつある。
古典落語には、今の価値観に照らせば女性蔑視やルッキズム(外見至上主義)にあたる表現で笑いを取る演目があるが、観客を不快にさせないようせりふを変更するなど工夫を凝らす落語家もいる。芸の継承とのはざまで、試行錯誤が続く。
東西で演じられる古典落語「猿後家(さるごけ)」は、顔がサルに似ている女性が登場する。
見た目を笑う声や、反対に「美しい」とおべんちゃらを言ってくるのを聞いて、女性が腹を立てたり浮かれたりする姿を滑稽に描く。
上方の落語家、露(つゆ)の眞(まこと)さん(39)は、高座にかけた後、観客から「顔がサルにそっくりでおもしろかった」と言われ、違和感を抱いた経験がある。「そこで笑ってほしいわけじゃなかった」。
以降、顔が赤く目がつり上がった女性のことを町の男たちが「サルとおんなじ」とうわさをする場面で、本来の筋にはない「かいらしい(かわいらしい)ちゅうたら、かいらしいねんけどな」というせりふを加え、容姿をからかうトーンを和らげている。
「見た目についてコソコソ言われる経験をしたことがある人は多いと思う。この噺(はなし)を聴いて傷つく人がいないように」。
演じる時は、女性の純粋さやかわいげをおもしろく表現することを重視する。「演目の良いところは残しつつ、時代に合わせて変えることも必要。聴きたい人がいなくなれば、廃れていってしまうから」
セリフ変更や改作
昭和10年代に作られた「代書」には当初、外国の男性が片言の日本語を話す場面が描かれていた。しかし現在、この部分は時代に合わないとして省略されることが多い。
古典落語「持参金」も、女性を軽んじる表現が出てくる。商家の番頭が、妊娠させてしまった女中を別の男のところに嫁がせようとするストーリーで、金銭で女性をやり取りするようなせりふが入っている。
桂米二(よねじ)さん(68)は演じる際、内容は変えないが事前に「現代では不適切だと感じる表現がある」と観客に伝えるという。
他方で、柔軟に対応しようとする動きもある。
桂文珍さん(77)は「持参金」を女性の心情に配慮して改作。女中は妊娠を装って番頭の真心を試し、自身の幸福を追求した、という筋書きに変え、題名も「不思議の五圓(ごえん)」として演じている。
古典の味わいを残す大切さも踏まえたうえで、「エンターテインメントなので言葉や表現を気にしすぎてもいけない。落語家は、時代に即応しながら良いものを作り出していけばいい」と語る。
続きはリンク先
https://news.yahoo.co.jp/articles/ba624cd64ccbc98f804de90a4efe5699495a3f1d
不適切な演目
https://i.imgur.com/YADYwg6.jpeg
そう言うところにつっこむのは
粋じゃないねぇ
何やってるんだ?
ルッキズムなんて完全にエゴだから気にすんなよ
見た目で判断しない人なんてほぼほぼいないんだから
古典やらずに新作やれば?
現代版ロミオとジュリエットみたいな感じかね
文珍は文珍のままなんか
粗忽長屋もただの知的障害者じゃんか
改変しろよ
いや、古典落語は変えないからこそ古典だろ。フェミに迎合して改変したらそれはもう古典じゃなくなるぞ。
いやこれは必要だろ
現代の人を傷つけるような娯楽なら無くしてしまったほうがマシ
>>12
実在に傷ついて、改変を望んてる人がどれだけいるかでないか?
当事者でない人間が思い込みで歴史、伝統を変えてしまうのはあかんと思うわ。
常々思う 殺人や薬物の描写がよくてシートベルトや女性蔑視はなぜいけないのかと
最終的にそれで痛い目をみれば問題ないのではなかろうかと
今は男の見た目をバカにする話ばかりだからこれは逆に新しい
男女平等とさえ思う
三枝「そこで新作落語ですよ」
やっぱり上方落語は下火なのが分かる内容だな
伝統芸能も変化し続けながら生き残ってきたってことが抜け落ちてるやついるよな
やたら昔の形に拘ったり
シェイクスピアのベニスの商人もユダヤ人差別だとして、欧米ではストーリーやセリフの改変されたりしてるみたいだな
女性蔑視とか、逆だと思うが。
女性専用場所の電車や、最近も女性研究者を増やす為の政策。平等なら女性枠など要らない。そもそも女性は女性を武器にして働いてる職種もある。
女らしさ、男らしさの否定は良くない
>>36
同じ条件で競わせたらいいだけ
でもそんな発想はしない不思議
そもそも落語なんて今の吉本芸人とかYouTuberくらいのポジションだったんだろうし神格化するのもおかしい
需要に合わせて変える
それだけ
落語で笑ったことが無い
廓噺出来ないじゃん
政治的に正しい落語w
もう落語なんてやめるか
ポリティカル・コレクトネスを皮肉った新作を作れよ
>>46
落語は口伝で伝えてどんどん柔軟に変えて行けるものだ
落語聞いたことないんかよ知らんのなら口を出すな
昨今は新作も作られてるぞ
>>48
変えたら噺が変わっちゃうからね
落語の意味が無い
ルッキズムは現実なんだからどうしようもないだろ
綺麗事過ぎて吐きそうになる
後生鰻とか最後赤ん坊を川に投げ捨てて終わったり
宮戸川なんて前半のラブコメ奥さんが後半レイプされて◯されるのをやった男に自慢げに聞かされるシーンがあるけど
それを学校寄席とかでじゃんじゃんやるのが江戸の粋なのかというね
単純に女性を呼びたければ女性客受けしない内容のものは演目から外すしかないって話では
何て題だか忘れたけど吉原に疎い人をだまして吉原に連れて行って頓珍漢な案内を素直に聞いてるのを嗤うというネタがあるんだけど
歓楽街に詳しい奴ってそんなに偉いのかよって気分になる
ていうか普通に遊女と客の話も多いよ
コンプラ的なことを言い出すとアレだけど風情があるんだよね
テレビでやる映画みたいに「「この放送には、今日では不適切な表現が含まれていますが、作品の歴史的・文化的価値を考慮し、当時のオリジナルのまま放送します」みたいなお断りをひと言やってから演ればいいんじゃないの
センスある落語家だったらそこのところで一発笑いをとることもできるだろうし

