マラドーナから始まった「テコンドーサッカー」 韓国からも惜しむ声相次ぐ
吉崎エイジーニョ | ノンフィクションライター/ジャーナリスト
11/28(土) 18:59
25日に全世界に衝撃を与えたディエゴ・マラドーナ氏の訃報。
当然のごとく、韓国でも連日大きく報じられている。
「”アディオス ディエゴ”…マラドーナの棺に100万人の波」(京郷新聞)
「”永遠の10番”マラドーナ他界…サッカー界からの哀悼相次ぐ」(ノーカットニュース)
「”神のもと”に旅立った”神の手”マラドーナ…サッカーの星、散る」(TV朝鮮)
マラドーナと韓国の間には、1986年のメキシコW杯での対戦以降、1995年のボカ・ジュニアーズとの対戦、2010年の南アW杯での対戦そして2017年のU-20W杯ファイナルドローでの縁などがある。
86年の衝撃 猛烈マンマーカーが「ふともも蹴り」
マラドーナと韓国との最初の出会いは、1986年6月2日のメキシコW杯グループリーグ初戦だった。
日本を最終予選で降し、1954年スイス大会以来の32年ぶりの本大会出場を決めた韓国。イタリア、ブルガリア、そしてアルゼンチンとグループAで同組になった。
メキシコシティーのエスタディオ・オリンピコ・ウニベルシタリオで、6万人の観衆を前に行われた試合。3-1で勝利したアルゼンチンは3ゴール全てでマラドーナが起点となり(バルダーノ2、ルジェリ1)、韓国は0-3からパク・チャンソンが右足でミドルシュートを決めた。これは韓国サッカー史上で初めてのW杯本選でのゴールだった。
韓国にとっては「世界との遭遇=マラドーナ」だったのだ。
なかでも、当時密着マークについたホ・ジョンムの存在がクローズアップされた。
大会時の所属クラブは現代(HYUNDAI)だったが、1980年から1983年までオランダのPSVアイントホーフェンに所属。現在でいうところのボランチで計77試合に出場、11ゴールを記録した実績を持っている。在籍当時には、アヤックスにいたヨハン・クライフのマークにもついたことがあった。また、韓国内では当時ドイツで活躍していたチャ・ボングンに強いライバル意識を持っていた存在としても知られる。
韓国で後に語り継がれるのが、冒頭の写真のシーンだ。ドリブルし、バイタルエリアに侵入しようとするマラドーナに対して、マンマークを離してしまったホは慌てたように駆け寄る。その後、思いっきり太ももを蹴った。
このプレーを海外メディアがこう評した。
「テコンドーサッカー(テコンサッカー、とも)」
今回のマラドーナの死去に際し、当時このファウルのシーンの映像を「KBS」が振り返った。
当時の韓国の試合中継時のコメントがなんと…
「故意のファールではないのですが」
だったのだ。
このシーンに、ツッコミのニュアンスで字幕がつけられた。
「韓国があまりに好きすぎて過度に保護している」
そうでもしなければ止まらない。後にマラドーナはこの頃の韓国を「技術は少々低かった」と振り返った。韓国としては今よりもはるかに世界の情報が少なく、経験も少ない時代の最初の”壁”だったのだ。
===== 後略 =====
全文は下記URLで
https://news.yahoo.co.jp/byline/yoshizakieijinho/20201128-00209916/
風評被害タイトルやめて差し上げろ
>>3
これ
ヘッタクソな朝鮮人とレジェンドを一緒にすんなと
ナンという、ディスり方だorz
プレーは記憶されず反則だけ記憶されるのが韓国サッカー
洗練されたdisりが
>1986年6月2日のプレーを海外メディアがこう評した。
>「テコンドーサッカー」
今日まで語り継がれてますな。
35年近くも昔からあるのか、この言葉。
>>12
釘作戦も忘れるな
1969年頃から韓国が実行してた反則
外国人は身体が大きく威圧的だからと、
試合中相手の身体に釘を刺して攻撃する
証拠の釘はその場で捨てて隠蔽する
この件が明るみに出ても謝罪は一切ない
記事書くのに無理矢理捻り出しすぎでは……?
朝鮮ディフェンダーがマラドーナに蹴りを入れたことがテコンサッカーの始まりって割と正しい事実ではあるが
コレを誇らしげに語る神経がどうかしている
コレはどう見ても韓国人の恥であるはずなのに
マラドーナは韓国のことなんか1mmも意識してなかったと思うよ。
何その新しいスポーツ
テコンドー××
って書いたもん勝ちかww
いいプレーを流すんじゃなくファウルに注目して嘲るところが韓国らしい
去年だか一昨年もテコンサッカーで相手選手の骨折って再起不能にしてたよね
ほんとありえねぇ反則野郎だからな韓国人
>>52
ソンフンミンのタックルだろ?
アンドレ・ゴメスは脅威の回復力で3か月で復帰したよ
国籍問わず、色んな人々が哀悼の意を表明しているのだから、やっぱりマラドーナは偉大だあね。
ただ、韓国人の哀悼にイラッとするのは何故なのか。
どういうこと?
マラドーナが凄すぎたからラフプレーになったのだ
テコンサッカーは肯定されるべきって話か?
>>56
ロジカルな回路は持っていない
マラドーナの死去に合わせてウリナラのサッカー歴史を振り返って
なんとなく美談ぽく自画自賛したくて、とりあえず文章を書いてみたニダ
>1986年6月2日のメキシコW杯グループリーグ初戦だった。
>このプレーを海外メディアがこう評した。
>「テコンドーサッカー(テコンサッカー、とも)」
空手パクったテコンドーは1986年には世に出来てたっけ?
そうでもしなければ止まらない。後にマラドーナはこの頃の韓国を「技術は少々低かった」と振り返った。韓国としては今よりもはるかに世界の情報が少なく、経験も少ない時代の最初の”壁”だったのだ。
とは言うが、今も昔も変わらないのは何故だろうな
マラドーナは2002W杯の時に韓国のことをおもいっきりバカにした発言してたよねw
アルゼンチン人
『韓国人はマラドーナの名前を口に出すな黙ってろ!!』
これがアルゼンチン人たちの心境だろう(笑)
足を破壊するテコンサッカーとレジェンドを一緒にすんなし
まるでマラドーナがテコンサッカーの開祖とか言い出したのかと思っちゃったじゃないかww